理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

2-1 「STAP細胞事件」における科学と法律

1 「STAP細胞事件」における科学と法律 の続きです。


STAP細胞問題について、法律的フィルターでの思考が必要だということを、なかなか理解できない人々がいますが、本問題は、「研究不正」の有無ということがそのコアとなるものです。
 「研究不正」とは即ち、「研究犯罪」なのですから、その有無についての調査、処罰について、法律的思考が必要になることは当たり前のことです。


 研究犯罪といっても、過失犯もあれば故意犯もありますし、凶悪犯罪から軽犯罪まであります。そして、それを裁く規範として、文科省ガイドラインがあり、それを踏まえた各組織ごとの研究不正調査規程があります。しばしば、各組織の研究不正規程は文科省ガイドラインに縛られないという見方をする向きもありますが、しかし、研究不正の判断基準が組織ごとにバラバラでは意味がありません。組織をまたがる共同研究などもざらにあるわけですから、組織によって表現の差はあっても、考え方としては、横並びでなければなりません。だからこそ、文科省ガイドライン改定に当たって、日本学術会議に諮問して考え方を整理し、モデル不正調査規程案まで示しているわけです。
 
 以前は、「研究不正」は、故意によるデータの偽造(捏造、改竄)、盗用がその対象でした。それに該当しないものは、「科学的に不適切」という範疇に分類されました。
 それが昨年の文科省ガイドラインの改定で、「研究不正」の範疇に、故意に加えて「重過失」(基本的注意義務違反)によるものが加わりました。正確には、「不正」を二つに分けて、故意+基本的注意義務違反を「特定研究不正」として、それ以外を科学的に不適切なものと分類しました。
「故意」と「過失」とでは、「あえて欺す」という悪質性が伴うかどうかの差があるので、従来はその尺度で峻別していたわけですが、「重過失」も研究不正の範疇に加えた考え方としては、真正でない実験データにより科学コミュニティを大きく混乱させ、本来必要のない追試その他の社会的コストを強いるという点では、故意も重過失も同列だ、ということでしょう。
 それはそれで考え方ですから、問題があるわけではありません(ただし、「捏造」「改竄」という用語は、明らかに故意による偽造を意味していますから、それに過失によるものを加えるというのは、日本語としておかしいという問題はあります)。
 したがって、この文科省ガイドラインとそれを踏まえた各研究不正調査規程を判断基準として、適正に適用すればそれでいいわけです。研究不正調査結果に対しては、直接は行政庁の関与もなく、司法判断も及びませんから、科学コミュニティの自治に委ねられているということです。逆にいえば、それだけ科学コミュニティの責任は重いということです。
 
 研究不正という研究犯罪の調査に当たって、適用されなければならない基本原則は、通常の犯罪捜査と同じです。具体的には、次のような点です。
 
 ○定義、規定内容の明確性、透明性、予測可能性の担保
 ○公正手続きに則った運用
  ・不利益規定の不遡及
  ・比例原則(罪科の程度に応じたペナルティ)
  ・適時の聴聞、意見聴取手続きの付与
  ・差別的適用の禁止(公平性の確保)
 ○不正・違法に収集した証拠の排除(利益誘導の禁止等を含む)
 ○適切な証拠に基づく事実認定に基づく規定の適用、判断
 
一般の犯罪捜査では、これらを欠いた捜査、取り調べは違法となり、無罪となることもあるわけです。
研究不正に対するペナルティとしては、免職又は停職が一般的ですから、不正と認定されることは、その研究者にとっては、懲戒免職により職場を追われる場合があるだけでなく、科学コミュニティからも排除され、研究者生命に関わる結果となります。したがって、その運用においては、慎重の上にも慎重に処理することが求められます。
 
  これまで、多くの研究不正は、このような判断基準に従って淡々と処理が進められてきたと思います。東大でも、有力な教授の研究室での研究不正が、多くの論文について認定される事例が相次いだり、盗用による論文で東大博士号を得たトルコ人准教授の極端な経歴詐称など、スキャンダル的な不正事件が続発しましたが、淡々と研究不正調査が進められ処理されました。その際、その教授、研究室についての不正ということであり、学部や研究科全体の組織としての問題が提起されたり、責任を問われたりすることはありませんでした。分子生物学会等の関係学会も、不正調査の徹底等の声明は出したものの、自らの学会の研究不正防止担当のグループメンバーの教授によるものであることに言及し、何かアクションを起こしたということもなかったかと思います。
 
 ところが、小保方氏のSTAP細胞問題になると、「淡々さ」などは吹っ飛び、公正な研究不正調査手続きなどはどこかにいってしまい、異様な空気が醸成されました。
 山本七平が述べた「空気による支配」を地で行くような展開となり、こと小保方氏とSTAP細胞に関する限りは、科学界、マスコミともに、どんなバッシング的言辞を言っても書いてもいいということになり、それを誰も不思議に思わないという状況となりました。科学も法的手続きも無視したもので、それ自体が奇怪で異様な事件という意味で、「STAP細胞事件」と呼ぶ次第です。
 STAP細胞事件の最初から今に至るまで、科学界やマスコミにおいて、法的センスが如何に欠如していたかを整理しておきたいと思います。
 
問題1:文科省ガイドライン、研究不正規程という基本ルールを、(その存在すら)知らないままに、断罪したこと。
 研究不正を論じるならば、文科省ガイドラインや各組織の研究不正規程は、基本中の基本となる判断規範です。裁判所が裁くのは法律に基づくのと同様、研究不正を裁くのは、これらのガイドラインであり規程であることはいうまでもありません。
 ところが(!)、「研究不正問題に詳しい」とされているはずの九大中山教授は、昨年の文藝春秋5月号で、STAP細胞自体を捏造とする一方で(石井調査委の認定した不正の問題ではなく)、文科省ガイドラインや九大の不正調査規程の存在を知らなかったことを述べていました。また、分子生物学会の大隅理事長も同様に、文科省ガイドラインの存在は知っていても、再現実験の機会が権利として与えられていることを知らないまま、「不正解明が先決」「税金の無駄遣い」との主張の下に、小保方氏の再現実験、理研の検証実験の実施に反対し、多くの学会理事の支持の下に、その旨の理事長声明を発出しました。後になって、指摘を受けて、「再現実験の機会が権利ならば仕方がない」と述べました。
 彼らは、裁くための規範となるルールでの定義、手続きに依らずに断罪する、即ち「私刑」(リンチ)を自ら行っていることを告白したに等しいということになります。「殺人犯や強盗犯には、国選弁護士など税金の無駄だから付ける必要はない」というような主張と同じ発想です。
 
問題2:結論に合わせて「不正」定義を変え、あり得ない「未必の故意」論により不正認定したこと。
 これは、第一次の石井調査委員会の不正認定のことです。石井委員会というより、実質的には渡部委員会といったほうがいいでしょう。検察上がりの渡部弁護士は、不服申し立てに対して、不正認定という結論ありきで、「不正」の定義を変え、考えられない「未必の故意」論で、申立てを却下しました。
 不正調査は、本来、文科省ガイドライン理研の不正調査規程に基づき行われるものであり、実験ノート、残存試料のチェック、事情聴取、再現実験等慎重に行われることを想定して、概ね180日間という期間が設定されています。当然、STAP細胞の有無も含めて調査を行うことを想定しています。ところが、石井調査委員会は、STAP細胞の存在は留保して、「論文の不正」のみを調査するとし、しかもわずか30日ほどで結論を出しました。
そういう「不正調査」など、どこにもないでしょう。文科省が、特定国立研究開発法人法案を何としてもその時の通常国会に提出し成立させるために、幕引きを急ぐべく、こういう極めて不規則な調査で切り上げることを理研に指示したことは容易に想像できます。


 更に加えて驚くべき石井委員会の行為は、「不正」(「捏造」「改竄」)の定義を、本来の意味から全く変えてしまい、それに基づいて不正認定を強引に行ったことです。不服申立ての際、三木弁護士らは、「不正」の定義を照会したのに対して、委員会側は留保し、不服申立てに対する決定の中で示すとしました。研究不正を断罪するのに、その定義を示さないなどありえない話です。そして、却下決定の中で示された「不正」の定義は、文科省ガイドラインや不正調査規程で想定しているような、「架空の実験、虚偽のデータにより有利な実験結果を偽装する」というものではありませんでした。実験は行われていることは認めつつ、「改竄」認定は、結果を有利にするかどうかに関わりなく、物理的に加工を加えたこと自体は故意だから、という論法によるものでしたし、「捏造」認定は、複数実験の多数のデータを一つのパソコンに入れておいたということは、データの配置を間違ってもいいという「未必の故意」があったからだ、という論法によるものでした。そのような「改竄」「捏造」の定義を適用している事例などどこにあるでしょうか? 文字通り、驚天動地、奇妙奇天烈な定義の創造、いや捏造でしょう。
すべては、小保方氏の論文を不正認定するという結論ありきであり、そのために逆に定義を作り変えたということです。
かくも強引な「不正」の定義付けをしなければならなかったのは、逆に言えば、「不正」の意味が、文科省ガイドラインに明確に規定されている如く、「故意」によるものであることが明らかだったからでしょう。実際には、小保方氏の論文の問題は、「過失」だったことは、STAP細胞問題を踏まえて、文科省ガイドラインが改定され、「故意」によるものに加えて、「研究者としてわきまえるべき基本的注意義務違反」によるものを「不正」の定義に入れ込んだことからも明らかです。
 
問題3:不正調査(=事実解明)を行わないままに、「前代未聞の不正」等と断罪し、CDB解体まで提言したこと。
 理研改革委の報告書は、2本目の論文の「不正の有無を調査すべきだ」とする一方で、結論部分で「前代未聞の不正」と断罪し、会見では「世界三大不正」とまで断じました。そこで意味している「不正」とは、石井委員会が認定したような意味ではなく、STAP細胞自体が虚偽だという意味合いです。そして、CDBには、そのような不正が生じる構造的問題があるとして、CDB解体を提言しまいた。
 不正と断定するには、まず不正調査を行い事実関係を明らかにしなければなりません。改革案を提言するためには、問題の所在を分析整理しなければなりません。ところが、この改革委提言は、「不正の有無を調査すべきだ、小保方氏に再現実験をさせるべきだ」として、事実関係の解明をこれから行うべきことを一方では提言しながら、その結果を待つことなく、同じ報告書の中で、「前代未聞の不正」であり、「世界三大不正だ」と断じたのです。そのような支離滅裂な構成の公的報告書、第三者委員会報告書がどこにあるでしょうか? しかも、その時点では、理研も石井調査委員会も、STAP細胞の有無についての判断は留保していたにもかかわらずです。それこそ、前代未聞というべき報告書、提言書です。理研の事務局を排除し、委員たちが思い込みで継ぎ足しをした結果、こういう代物ができて一人歩きしてしまったわけです。


 そして、その根拠なき「前代未聞の不正」という断定をもとにして、CDB解体を提言しています。しかも、小保方氏の採用経緯については明らかに事実誤認(というよりも経過の歪曲)があり、「秘密主義」という断罪も特許制度のイロハも知らないことによるものです。
 案の定、今年の春、ネイチャー誌の取材に応じて、
「中村委員は、竹市氏によるCDBの研究倫理教育は他に比較してかなり進んでいたと言い、岸、中村両氏は、『解体』という言葉は、CDBに終止符を打つというよりは、怒れるマスコミを喜ばせるための戦略的選択であった、と述べた。」
 と、事実を歪めた政治的な提言であったことを、示唆しています。
 大隅氏は、そのブログで、知人の在外日本人研究者が、改革委の提言の推測に基づく多くの記述に対する違和感や、組織解体を短絡的に言い出す危険性を指摘したメールを紹介していますが、それによって分子生物学会の研究者たちの言動が変わることはありませんでした。
                          続く