2 【再論】早稲田大の小保方氏学位剥奪処分の不当性(2)―総括②
(続き)
6 学位剥奪という研究者にとっての究極の不利益処分を行うためには、様々な「公正手続き(デュー・プロセス)」の観点から正当なものでなければならない。
(1)ペナルティは、その犯した問題の程度に応じて相応のものでなければならないという比例原則や、他のより適切な選択肢による代替可能性の検討、利益と損失についての比較衡量、他との公平性などについても、慎重に行われる必要がある。
(2)その検討に際しては、報告書の事実認定と評価を前提とすることになる。報告書での推論、認定では、
・小保方氏が過失により、本来提出すべき論文と間違えて、初期段階の草稿を提出・製本し、審査側も気がつかず学位を与えてしまった。
・審査過程では、公聴会時論文は、Tissue誌論文を元としたもので、研究の本質、根幹については掲載されたことを以て良しとしており、それ以上問題としていない。今からみると、過失による著作権上のいくつかの(本質には関わらない)問題があるが、その時点では、合格相当とされ、審査書も書かれている。
・本来提出予定だったものとして事後に提出された小保方氏主張論文は、最終的な完成版の博士論文と全く同一である(とは証拠が十分にないため確定できないものの)可能性は相当程度ある旨認定されている。そこでは、公聴会時論文よりも問題箇所は減っている。
・24カ所の問題箇所は、結論に大きな影響を及ぼしたり本質に関わるものではなく、それらが訂正・修正されれば、学位の意義に値する論文と評価されている。
(3)総長会見でも、佐藤理事は、2013年の学位取消の事例と比較を問われて、これは根幹に関わる本質部分も含めて盗用だったので即取消となったが、他の論文と小保方氏の論文とは、根幹に関わるものではない旨述べている(注:わかりにくい説明だったが、そういう趣旨だと解される。そうではなく、本質に関わる問題があったというのであれば、昨年10月の処分の際の条件と異なる審査をしたと述べているに等しい)。
(4)そのような事実認定と評価がなされている中で、報告書で指摘された問題箇所の訂正・修正がなされているにもかかわらず(=報告書が言う「学位の意義に値する論文」になっているにもかわらず)、学位の剥奪という処分は、比例原則に著しく反する。
仮にすべての箇所が十分に修正されていないとしても、それは「研究の本質的な部分における不正行為」ではない以上、単なる「不適切な学位論文」の範疇に留まるはずである。
(5)また、公平性の原則からすれば、同一基準の運用において、他との差別的取扱いは許されない。同じ、「研究の本質的な部分における不正行為はない不適切な学位論文」であるのであれば、他は取消には至らず、小保方氏のみ取消に至ることは説明がつかない。
7 早大当局は、その措置による利益と損失(不利益)、目的対効果の比較衡量を慎重に行う必要があった。
鎌田総長が述べる通り、小保方氏の学位取消は、いったん与えた権利・利益の剥奪であるから、慎重に検討がなされる必要がある。その場合の検討の重要な視点のひとつが、その措置による利益と不利益、目的対効果の比較衡量である。
この学位取消によって得られる利益、効果は、言うまでもなく、「不適切な論文を抹消できる」ということと、「それによって損なわれた早大とその学位の威信、評価をある程度回復できる」ということである。更に潜在的には、「STAP細胞が科学界では否定されているのに、早稲田大はそれに準じたものを認めたのか?との批判から逃れることができる」というものがあったと想像される(ただし、それは建前として言うことはできない水面下の話であることは言うまでもない)。
他方で、不利益はもちろんあり、その最大のものは、本人の「学位をもとに築かれた社会的関係、生活の基盤を基礎から破壊する」という点である。この点を報告書では、次のように述べている。
「早稲田大学学位規則第23条第1項の要件該当性を判断する際の留意点
大学から博士の学位を授与された者は、それを前提として就職する等、生活の基盤及び社会的関係を築いており、それに伴い、多くの人がその前提のもと、その者との社会的関係を築いていくのが通常であるところ、学位を取り消すことは、学位授与を前提として形成された、これらの生活及び社会的関係の多くを基礎から破壊することになり、学位を授与された者及びその者と関わり合いをもった多くの者に対し、不利益を中心とする多大な影響を与えることになる。
早稲田大学学位規則第23条第1項の要件該当性を判断するにあたっては、上記留意点に配慮した上で厳格に行われなければならない。」(p47-48)
処分を考える前提として、まず、
「博士学位授与の要件のうち、各研究科の定めた所定の単位の修得について、「研究業績を示すに足りる学術論文または他の種の学術業績」を要件として求めており、具体的には、課程内博士については、審査分科会当日までに査読付欧文学術雑誌に主たる論文が一報掲載又は掲載可となっていることが要件とされていた」との要件はクリアし、「実験の内容もまた、学術雑誌における査読の対象となり、学術雑誌がその掲載を受理したことは、査読者が上記一連の実験の実在性に疑問をもたなかったことを示している」(報告書p51)との認識に大学側も立ち、それらの実験は間違いなく行われたことは実地に確認し、それらを元にした博士課程での研究成果は、公聴会論文を以て、当時の指導教官、審査会で認められている、そして、その時点で残っている問題箇所はあるが、本質、根幹に関わらないものである、それが解消されれば学位に真に値するものと評価されている、審査会に提出したのは初期の草稿で、過失によるものだったことは、小保方氏側、早大側双方が一致している、小保方氏が本来提出するべきだったものとして事後に提出されたものは、「真に提出しようとしていた最終的な完成版の博士論文である可能性は相当程度ある」と評価している・・・
・・・というところまでの事実認定と評価があり、それは大学当局も否定していない。そういう中で、過失による提出の際の取り違えの一点のみで、小保方氏の「学位をもとに築かれた社会的関係、生活の基盤を基礎から破壊する」ような学位の剥奪をすることは、たとえて言えば、業務上過失傷害に対して死刑を適用するようなものであり、比例原則に著しく反するのみならず、利益と不利益の比較衡量も全く無視したものである。
剥奪処分によって達成できる「不適切な論文を抹消できる」「損なわれた早大とその学位の威信、評価をある程度回復できる」という「利益」は、生じる「不利益」に比較してあまりに小さく、またその利益を確保する絶対的必要性もない。声価を貶めるような審査と学位授与を行ってしまったという不名誉は甘受せざるを得ない一方、次に述べるように、その利益を確保する方策として、別の選択肢も存在する。
なお、調査委の厳格な法解釈に基づく見解を無視して、あえて取消処分とすることは、法解釈を恣意的に歪めて、公正な法手続を無視したという、別の形での威信と評価の失墜という「不利益」を招くことにも、留意すべきである。
8 早大当局は、上記の比較衡量も念頭においた上で、他の選択肢の代替可能性も慎重に検討すべきであった。
「2」で述べたように、鎌田総長は会見で、草稿を誤って提出してしまうなどという事態は、学位規則においても文科省ガイドラインにおいても想定外と述べており、更に、「不正」の解釈についても文科省ガイドラインは故意によるものが対象と解釈するのが自然とも述べる一方で、草稿段階のものが博士論文として残ることを回避するためになんとかしなければならないとの問題意識を語っており(「取り消さなければ、あの論文が残ってしまうんですよ」)、その目的を遂げるために、このような無理な解釈をしたことを強く示唆している。
しかし、調査委員会が詳しく考察しているように、学説・最高裁判例からして「不正の方法により」(「により」が特に重要)には該当しないために取り消す根拠がないということと、「あの草稿の論文をそのまま残してはいけない」という目的とを両立させる方策は、あったはずである。学位規則で想定されていないのであれば、個別に対処方針を検討し、学内で決裁して決めればいい話である。
実際、早稲田大は、昨年10月の発表資料の中で、不適切な博士学位論文の扱いについて、次のように方針を示している。
「不適切な博士学位論文の取扱い
不適切な博士学位論文について、不正の方法により学位の授与を受けた事実が判明したときは、学位規則第23条に則り、学位を取り消す。学位の取り消しに当たらなくても、その博士学位論文の放置が不適切と判断される場合は、本人と連絡を取り、適切な是正措置を行ない、経過を公表する。」
「学位の取り消しに当たらない場合」の対処方針として書かれていることを、そのまま実行すればよかったのである。実際、他の100件以上の論文はそのように処理されている。小保方氏の場合、事例が特殊ではあるが、小保方氏主張論文が、本来提出するはずだった論文であった可能性が高いことについて調査で推認されているのだから、次のように告知し、差し替えをすれば済んだ話である。
「対外的告知案
小保方氏が2011年に学位を授与された博士論文については、小保方氏及び審査側の大きな過失により、審査を受ける遙か以前の初期段階の草稿が提出・製本され、その点を見過ごしたまま審査を通過してしまったものであることが判明した。
早稲田大では、その論文内容に疑義が少なからず指摘されたことを踏まえて、調査委員会を発足させ、常田氏以外の審査分科会メンバーらによる精査を経てまとめられた自主調査結果も踏まえて、24の問題箇所があることが認定された。小保方氏に対しては、本来提出するはずだった論文の提出を求め、その真偽性の検討と併せて、そこでのこれら問題箇所の有無を慎重に認定した。その結果、小保方氏から事後に提出された論文は、合格相当とされた公聴会時論文に対し修正指導を受けて訂正し、本来提出されるべきだったものと同一である可能性が高いことが認定された。ただし、それでも、創作者誤認惹起行為と認められる点を中心に問題箇所が残っているとされた。そして、それらの問題箇所がすべて解消されれば、「博士学位の意義に値する論文」になると評価された。
他方、調査委員会報告書では、学位規則においては、本件のような取り違えの場合の扱いは想定されておらず、唯一、取り消し対象となる場合として規定されている「不正の方法により」には、本件は該当しない旨が、学説、判例を踏まえて述べられている。また、報告書でも述べられているように、いったん与えられた学位に基づいて、その後の社会関係が形成されていることを考えれば、その取消(剥奪)については、慎重の上にも慎重を期することが必要と考えられる。
しかし、早大としては、研究の本質、根幹に関わる部分ではないとはいえ、このような問題箇所が少なからず残る不適切な論文が今後もそのまま残されるべきではないということも、研究・教育機関の責任として認識しているところである。このため、小保方氏にも通知、了解の上、次のように対処することとした。
(一)第一段階として、事情を明記した上で、小保方氏から事後に提出された論文を、学位授与対象として差し替える。
(二)第二段階として、小保方氏に対して残る問題箇所の訂正を求め、指名する先進工学研究科の担当教員の確認を経たものを、最終訂正版として、やはり事情を明記した上で差し替える。
異例の対処内容ではあるが、学位規則においても想定していない事態であり、科学的、教育的要請と法的要請とをいずれも満たす対処措置としては、このような方策しかなかったことにご理解をいただきたい。
なお、本件調査においては、本質、根幹に関わる部分は、Tissue誌論文における実験(第二~四章部分)及びその後の小保方氏の実験(第五章部分)の結果において示されており、それらについては、実験の実在性を実験ノートや関係者の証言から確認しているところであり、その内容について、Tissue誌で訂正がなされて以降、特に問題視する動きとはなっていないことから、現時点では、改めて調査する考えはない。
ただし、理研におけるSTAP細胞に関する調査結果等に関連して、本件論文についても内容面で調査する必要があるのであれば、改めて調査委員会を設置し、調査を進める可能性については、今回の対処措置によって左右されるものではない。」
9 ところが、早稲田大の先進理工学研究科及び早大当局とは、報告書での事実認定と評価とを実質的に覆し、「不正の方法により」の解釈も前例のない独自の解釈をした上に、猶予条件の内容まで実質的に変更し、公正手続きとしての法的要請も無視した取消措置(剥奪処分)を行った。その結果、早稲田大は、別の意味でその声価を貶めることとなった。
早大が、このような筋を曲げた、説明できないような措置を取った背景には、組織防衛的思惑があったものと推定される。
もっとも大きな要因は、昨年10月の取消処分以降、理研の検証実験、再現実験が不調に終わり、桂調査報告書が出されて「ES細胞の混入」と「ほぼ断定」されたことと、ネイチャー誌が「万能細胞の世界的権威」による実験結果や理研論文により、STAP細胞はES細胞だと判断を公表したことにあることは、容易に想像できる。
昨年10月の処分決定段階では、取り違えというあり得ないミスをした小保方氏とそれをノーチェックで通した大学側への批判を収めるために、「猶予条件付き取消」ということで、「取消」を強調することで、厳しく「処断」したという印象形成をはかった。その時点では、STAP細胞はまだ否定されていなかったので、学位論文を本来のものに実質的に差し替えれば、事は収まると踏んでいたと思われる。ところが、STAP細胞の否定が内外でなされてしまったので、このまま学位論文を訂正させて学位を維持するということは、STAP細胞的現象を、早稲田大としては認めたということか?!との批判を浴びることになりかねないため、それは何としても回避しなければならないという切迫した危機感があったものと想像される。
しかし、だからといって、Tissue誌論文の内容について疑義を唱えるというスタンスは今更取れないし、「不正だという方が証明しなければならない」(鎌田総長)中で、実験の実在性は確認できている以上、それ以上に不正だとする材料もない、そうであれば「査読付き欧米科学誌への論文掲載」という授与要件の運用申し合わせとの関係でも取消は難しい・・・と思い悩んだ。
そこで、「指導」の中で、「学位論文にふさわしいものになった場合」との抽象的な文言をとっかかりにして、調査報告書では取り上げられていない点で、ハーバードとの関係で対応が難しいとわかっていても、あえて説明要求をし、すぐには答えられないことを以て、「学位論文にふさわしいものには至らなかった」として、猶予条件を充足しなかったとの結論を出し、学位を取り消す。調査報告書で指摘された問題箇所との関係を詰められることを回避するために、具体的にどういう点を指導をしたかは極力伏せることとする。そのための台詞として、「小保方氏から出ている論文は途中稿だから明らかにすることは控えたい」というものを用意する。かくして、小保方氏の学位論文も世の中からなくなり、小保方氏に早稲田が学位を与えたという事実もなくなり、早稲田は小保方氏と全く縁を切ることができる。多少無理しても、小保方氏批判一色の風潮の中では大丈夫だ・・・。小保方氏の体調を慮って、いかに誠実かつ粘り強く対応したかを説明し、逆に小保方氏の「我が儘振り」を印象づけることができれば、多少の無理は追及されないだろう。
そして、早稲田の組織防衛は、なんとかうまくいった・・・と思っているのであろう。
10 しかし、これで早稲田の思惑通りに落着するわけではない。小保方氏が、今後、法的手段を取るかどうかはわからないが、訂正して提出した論文等は公表するとのことである。
(1)それによって、次のことが、事実として明らかになり、改めて、昨年10月の処分時の「条件」から乖離し、逸脱していないかどうかが検証できるであろう。
・「小保方氏主張論文」(昨年5月末に提出されたもの)の内容。
・訂正4回の各訂正箇所と、現時点で提出されている論文の内容。
・調査報告書が指摘した24の問題箇所が、上記それぞれの論文でどのようになっているか?
・指導教官から求められた訂正、修正、説明要求内容。
(2)早稲田側が、小保方氏のコメントに対する反論を公表している。それは一見すると、(事情を知らない者からみれば)理路整然と反論しているかに見えるが、実際には、常田氏以外の審査分科会メンバーらによって精査された自主調査結果を踏まえて検証された報告書の事実認定と評価は踏まえることなく、かつて受けた指導と審査とはご破算で願いましては、一から、その指導教官の考えで、新規の指導がなされたということを、はしなくも証明しているに等しい。
「しかし、小保方氏が審査対象となったものとは異なる論文を提出したことを受けて、本学は昨年10月6日の決定をもって、再度の論文指導などを行ったうえで、本来提出されるべきであった論文になるよう訂正を求めた次第です。したがって、2011年に実施された学位審査の基準と今回の決定に至る論文訂正の水準は、本質において何ら変わることなく、ただ「博士学位にふさわしい」論理的説明が科学的根拠に基づいて行われているかという点に尽きます。」
「後者(注:「博士として認めることのできないのは一連の業界の反応を見ても自明なのではないか」と小保方氏が主張する指導教官の発言)は、「不明瞭な疑惑がひとつでもある場合、またそれを解消する姿勢が著者に見られない場合、信頼できる博士および論文として認めるのは難しいことは、昨年の一連の業界の反応を見ても自明なのではないか。」という改訂稿に対する指摘の一部だと思われます。」
「博士学位論文においては科学的根拠や論理的記述が十分に行われることが必要であることを指摘したもので、予断をもって指導に臨んだことを意味しません。」
24の問題箇所の指摘では、「不明瞭な疑惑」の指摘などどこにもないし、「科学的根拠に基づく論理的説明」が不足しているとの指摘もない。
「本来提出されるべきであった論文になるよう訂正」は、24の問題箇所が対象である。24の問題箇所のうちには、「意味不明、論旨不明瞭な記載といえる箇所」(問題点⑩~⑯)、「Tissue 誌論文の記載内容との整合性がない箇所」(問題点⑰~㉑)というものがあるが、前者の一部と後者は、写真や図がほとんどであり、いずれも、報告書の評価では、小保方氏主張論文では解消されていると思われる部分である。
この小保方氏への反論文書は、「問うに落ちず語るに落ちた」を地で行くもので、早稲田の指導教官は、調査報告書の事実認定と評価とに基づいてなされた猶予条件付きの学位取消(剥奪)の処分の遂行の一環としての指導であることを完全に忘却し、猶予条件の内容とは大きく乖離した指導に基づき、取消確定をさせたものであることを、自ら認めたに等しいものである。
報告書を批判した「教員有志の所見」に賛同している教官らが指導を行い、内外から否定されている小保方氏の研究に早稲田の学位を与えることは何としても回避したいと考える先進理工学研究科と大学当局とがその結果を追認したということであろう。
以下、上記記述の元となっている調査報告書の分析を掲載します。