理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

【補足】【再論】若山氏の実験ノートと情報公開との関係

>「アホかいな」さん
 
コメント欄でのご指摘の通りでしょうね。
 
「1.」については、主として共著者以外の実験協力者のことを想定してのご指摘かと思いますが、任意で調査に協力したら、情報公開されてしまうのではたまらない、ということですね。それはまったくその通りです。
関係者にとっては自分の不正でもないのに開示されてしまうのは納得できない、と思うのはごく自然なことです。


 理研が情報公開請求を受けたのは、協力者の実験ノートではなく、共著者である若山氏と小保方氏の実験ノートのことですから、理研の不開示決定の理由の「以後の同種調査で協力が得られなくなる」という点もそれを前提にしたものでしょうし、私の前の記事も同様です。
ご指摘と同じ趣旨のことを、下記記事の最初の■の冒頭で書いています。
 
実験ノートに対する情報公開請求に対して不開示にする理由としては、通常は次の3点が主な論点になるのではないかと思います。
 
① 一身専属著作者人格権(公表権=公表・公表しないを自ら決定する権利)の対象であり、本人の了解が得られないこと。
② 知財の対象となる研究内容、成果が含まれること。
③ 研究が不正調査の対象となる場合に、任意の調査である中で、情報公開対象となることが前提であれば、協力が得られないこと。
 
 私は、DORAさんの公開請求に対する不開示は、著作者人格権(公表権)や知財の関係も含めているのだろうと受け止めましたが、他方で、Ooboeさんのパートナーさんの請求に対する不開示では、「以後の同種調査で協力が得られなくなる」という理由は書かず(ですね?)、公表権と知財の関係を理由としているとのことなので、DORAさんへの不開示理由にはそれは含まれていなかったのかな・・・と感じました。
 初めからこれらの理由をセットで示しておけばよかったと思いますが、それはともかくとして、一般的には、理研の不開示理由の3点は妥当なものかと思います。
 
■前回の【再論】記事は、それを前提にしつつ、最初の■の冒頭に書いたように、
 
 「若山氏の「小保方氏に騙された」という立場、建前を前提にすると」 どうなるか?
 
 ということを書いているものです。一般論の話の続きではありません。
 若山氏の担当部分であるSTAP幹細胞関連も含めて、依然として特許出願中なので、未公表の知見なりノウハウ的なものも含まれている可能性があるでしょうから、特許出願が認められないものとしてすべて終結しないと、いずれにしても公開はできません。
 
■若山氏のスタンスは、
 
「小保方氏に騙された」
「若山研にはいなかったマウス由来だ」(後に「自分が提供したマウス由来ではない」に修正)
「自分が何をやっていたのかわからなくなった」
 
というのが立場のはずで、だからこそ論文撤回を主導したはずです。
 
そして、若山氏及びその実験ノート等も調査対象としつつ、桂調査委員会の調査結果において、「ES細胞の混入」だったと結論付けられたわけですし、「混入」を故意とは断定していませんが、通常では過失とは考えにくいとすることで、限りなく小保方氏の故意を示唆しています。
かくして、若山氏のスタンスは「裏付けられた」ことになりました。
 
そして、理研改革委が、その改革委提言及びその公表時の記者会見において、本件は、「前代未聞の不正」「世界三大不正」だと公式に指弾したわけですから、この「不正」が実際にどう行われたのか、「いかに巧妙に小保方氏が若山氏を騙したのか」を検証する上での、一級の公共財的色彩を帯びています。
 
若山氏はもちろん、第三者がきちんとトレースできるようにきちんと実験ノートをつけているはずですから、それを仔細に検証していけば、学とみ子さんが縷々書いておられるように、ネイチャー論文で、STAP細胞・幹細胞がES細胞ではないことを裏付けるために行った数々の比較実験の内容、結果はどういうものだったのか? どこでどうやって「騙されたのか?と」いうことも判明することでしょう。
 
若山氏は、一点の曇りもないからこそ、論文撤回を呼びかけ、記者会見でも自らに非はないことを主張し、論文撤回を完遂したわけですから、(V-CELL社等が特許出願中の手続きががすべて終われば)より詳しい検証材料として、提供しない理由はないように感じます。
 
 それで、以下のご指摘の「2.」は、若山氏のスタンスと、それが桂調査委によって「裏付けられた」ことからすると、仮に何らかの訴訟を起こされたとしても、十分に対抗できるはずですから、そのようなリスクより、むしろ、「世界三大不正」が行われた手口の解明のための一級の公共財として提供することの意義の方が大きく上回るのではないでしょうか?
 
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2、今後STAP事件に関わる裁判が何らかの形で起こされる可能性がないとは言えない。裁判になったとき、実験ノートは一級の証拠にならから、簡単には開示できるわけがない。
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 STAP細胞事件では、ネットによる不正の解明の意義が強調されたことは記憶に新しいものがあります。若山氏の実験ノートが社会に提供されれば、世界の研究者の間で、STAP細胞の「不正」の解明が一段と進み、同様の巧妙な「不正」の再発防止に必ずや大きく貢献することになるでしょう。
 
■・・・言うまでもなく、以上は半分皮肉ですが、半分は本気でもあります。
小保方氏が、これまでいくら説明しても、「実験ノートを提出しろ!」との罵倒の声はやむことはありませんでした。
 しかし、理研が不開示理由として、知財の関係があること(特許出願係属中であること)、著作者人格権(公表権)があること、今後の同種調査に支障が生じること、の計3点を理由として不開示としたわけですが、前2者の理由は、小保方氏の説明と同じです。3点目も、「私だけでは判断できない」という会見での言葉に含まれています。
 
 それでは、小保方氏に開示を迫っていた人々が、理研の不開示方針を厳しく批判するかといえば、批判することはありません。小保方氏の実験ノートだけが、公開請求の対象だったら不開示に批判が起きたかもしれませんが、若山氏のそれもワンセットでの公開請求だったことにより、今まで、小保方氏に投げかけていた非難の矢が、自らにブーメランとなって返ってくることに気がついたのでしょう。
 
 小保方氏は言っていませんが、もし、ご指摘のような、
 
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2、今後STAP事件に関わる裁判が何らかの形で起こされる可能性がないとは言えない。裁判になったとき、実験ノートは一級の証拠になるから、簡単には開示できるわけがない。
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 ということを、小保方氏が述べたとしたらどうだったでしょう?
 それこそ、「不正を認めたに等しい」「やはり、やましいところがあるから公開できないのだろう」「裁判になることも覚悟しているんだ」として、非難と罵倒の暴風が吹き荒れたことでしょう。
 
 ところがどうでしょうか? 
 若山氏の実験ノートが公開請求の対象となると、「裁判になる可能性もあるから簡単に開示できるわけがないだろう。アホか!」という台詞が、当然のように語られます。
 
 STAP細胞事件での小保方氏への非難は、こういうダブルスタンダード的言辞が少なからずあったと思います。
 桂調査委の建前として、小保方氏と若山氏とは、同じ被調査者の立場なのですから、小保方氏に求めることと若山氏に求めることとは、同じ基準に基づく必要があることは言うまでもありません。
 STAP細胞事件での一連のことを振り返るとき、このブーメランの可能性を念頭におけば、もう少し抑制のきいた冷静な議論になったのではないかと感じます。
 
 
■さて、最後に、若山氏の実験ノートの開示をとことん争った時、認められる可能性はあるのでしょうか?
 私はその可能性は多少はないわけでもないかも・・・と感じています。
もちろん、特許出願等の知財関係がすべて終結していることが前提ですし、ハーバードに帰属する部分は除いての話です。また、STAP細胞問題と関係しない実験・研究部分はもちろん除かれます(関係ない部分は、黒塗りにすることになるでしょう)
 
 まず、「今後の同種の不正調査に支障」という点は、若山氏自らが、「騙されて行ったもので、何をしていたのかわからなくなった」「ES細胞混入だ」と主張していたその実験の過程を示したノートですから、通常の(自らの身の潔白を訴える)不正調査とは構図が異なると思います。
 
 知財関係、同種の不正調査への支障という理由がなくなると、あとは、著作者人格権(公表権)との関係になってきます。
 一般的には、著作物を公表するかしないかは、著作者が自ら決定できるわけですが、それが絶対のものかといえば、そうでもないというのが、BPOの決定書に書かれています。
 BPOでは、小保方氏が、NHKスペシャルで勝手に実験ノート内容の一部を放映されたことについて、論点のひとつとして判断しています。
 
決定では、「(3)実験ノートの放送」については、著作者人格権(公開の可否の決定権)と表現の自由との関係は、法実務上まだ確定的になっていないとしてコメントを避けた上で、次のように判断しています。
 
「本件放送には上述の通り高い公共性があり、本件公表は、上述のように公共性と公益性のある報道目的のための相当な範囲を逸脱しているとまでは言えない。」
 
 つまり、小保方氏の主張を排して、
 
「公共性と公益性との比較衡量次第で、著作者の意向にかかわらず公開もあり得る」
 
 という判断をしたわけです。
 理研は、改革委提言と会見において、「前代未聞の不正」「世界三大不正」と公式に述べたわけですし、その真相解明のために実験ノートまで含めて検証することは、公共性と公益性があると主張すれば、認められる可能性はまったくないわけでもないようにも思います。
 
 一般に、著作者人格権は、「人権」の一種ですから、経済的権利(著作権もそのひとつ)と比べて重みを持っています。それを排してでも、あえて公開させる必要があるのか?というところは論点となるわけで、桂調査報告書によって調査済みなのだから、それ以上に実験ノートまで公開する理由に乏しいのではないか、というのはその通りかと思います。
 
 これは、若山氏、小保方氏のいずれの実験ノートについても当てはまることではありますが、少なくとも、小保方氏はSTAP細胞の存在を訴え、「私のこれまでの、全ての秘密が書かれているからだ。私が見つけた細胞の秘密、細胞の神秘、私の発見、私のその時の感動、それが全て書かれたものだった」として拒絶の意向を示している一方で、若山氏は、「騙された行った実験で、ES細胞混入による間違いだった」とのスタンスを取っているように、両者には大きな差があります。
 つまり、著作者人格権という「人権」の程度に、今回の場合は、両者に大きな差があるということです。
この点が、もし争われた場合、公開の可否を判断する比較衡量の上で、差になってくるような気もします。
 
 どのみち、若山氏の実験ノートについて改めて情報公開請求を行うとしても、その機会はずっと先になるでしょう。その間に状況は大きく変わっているかもしれません。