理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

文科省大学院部会の研究不正の議論からの連想3点


  「メル」さんからのコメントで、今まで接したことがなかった資料を紹介して頂きました。ありがとうございます。
 
文科省中央教育審議会>・大学分科会 の「大学院部会(第69回)」というのは、平成26年(2014年)103日に開催されていますので、STAP問題がさかんに取り上げられていた時期です。
検索してみると、配布資料と議事録が以下に掲載されています。
 
○配布資料
○議事録
 
 この部会の審議では、「今後の大学院教育の在り方について」がテーマになっていますが、ここでの一連の資料や議事録を見ていると、いろいろ感じることがあります。
 
(1)小保方氏の学位取消との関係

 第一は、配布資料の中にある論点案に関連してです。小保方氏の学位取消に大きな関連があったと思います。

 これをみると、3つの柱の冒頭が、「1.学位プログラムに基づく大学院教育の確立」というもので、「学位授与方針等の設定・公表」や「博士の学位授与の質の確保」といったことが、求められる点として掲げられています。
 その後1年かけてヒアリングをして、翌平成279月にとりまとめをしています。
 この第69回部会が開かれた時期は、まさに小保方氏の学位の扱いについて、早稲田大で方針が混乱していた時期です。あのように、第三者委員会が詳細に実態を調査した上で、学位取消はできないとして報告書を出した後で、学長以下当局がその方針を覆し、最終的にああいう経過を経て、学位を取り消したという流れでした。

文科省の審議会で、研究不正問題と絡めつつ、学位授与方針や学位授与の質の確保の要請がなされている中で、同じ時期に、私学の雄として、それに反するように受けとめられる小保方氏の学位維持は何としても避けなければならない、という思惑というか、切迫感があったのだろうと想像されます。
先日の本ブログ記事で、文科省がどのように小保方氏の学位取消に関与したかということに触れましたが、この大学院部会の審議資料や取りまとめを渡して、「その趣旨をよく踏まえて対応するように」と言えば、その意図するところは直ちに伝わったことでしょう。
小保方氏に「間違って送られてきた」資料の中には、この中の「取りまとめ」も入っていたのかもしれません。タイミング的にはぴったりです。
 
(2)研究不正ガイドラインの実施に際しての公正手続きの必要性

 第二は、研究不正ガイドラインに関してです。この大学院部会では、市川氏は、米国の例も紹介しながら、その徹底の必要性について述べています。
しかし、研究不正や不適切な行為ということがいろいろガイドラインで決まっていますが、その市川氏を含めて、研究不正を論じる「専門家」なるように言われることは、奇妙な話です。
 分子生物学会の重鎮でもあった中山敬一九大教授が、STAP問題を早期の段階で論じた時に、自らを「研究不正の専門家」と称しながら(マスコミも、「研究不正に詳しい」と紹介しながら)、文科省の研究不正ガイドラインの存在も、自らの九大の研究不正規程の存在も知らないと広言しつつ、STAP細胞は世界三大不正だと断定していました(文藝春秋誌)。
 市川家國氏も同様です。市川氏は、改革委提言の中心メンバーの一人で、岸委員長とともに、「世界三大不正だ」「虚偽の特許申請は刑事罰対象だ」といった過激な言葉を連発して、検証実験も桂調査委もまだこれからの段階で、「STAP細胞研究は真っ赤な捏造だ」というレッテル貼りに大きな「貢献」をしました。

 しかし、改革委提言は、「不正調査を行え」と提言しながら、「前代未聞の不正だ」「世界三大不正だ」とし、CDB解体まで提言してしまうというその内容、論理が支離滅裂であることは何度も述べました。第三者によるチェックを経ていない若山氏、遠藤氏の言い分を鵜呑みにして、一大不正だと断じてしまうそのプロセスなども含めて、とてもまともな公的文書とは言えません。改革提言前に、遠藤氏の主張がその前に理研が委託した外部識者によって、それだけでは「STAP細胞がES細胞だとは言い切れない」との報告書が提出されていたわけですから、なおのこと酷い話です。翌年のメディアでのインタビューで、「CDB解体は怒れるマスコミを抑えるために必要だった」という趣旨のことを述べていますが、論外でしょう。

 文科省の研究不正ガイドラインや各大学の研究不正規程では、再現実験は疑念をかけられた研究者側の権利でもありますし、当局側がその実施を命じることも一つの手法になっています。現に東大の分生研の研究不正では、再現実験が命じられました。
 そういうガイドラインにも規定された研究不正認定プロセス等について、十分認識しないままに、自分は研究不正の専門家だと称し、小保方氏の検証実験参加を阻止しようとした科学界のあの動きというのは、傍からみていて極めて不可解でした。あとになって、分子生物学会の大隅理事長は、「ガイドラインで権利とされているそうなので仕方がない」と自分のブログで述べていましたが、公式に学会理事長声明として小保方氏の参加に反対をしたのですから、学会として撤回すべきではなかったのか、と思います。

 こういうように、いくら、研究不正ガイドラインを定めたとしても、他の研究者や学会が自分の思い込みで、捏造だ、改竄だとレッテル貼りがなされたり、遡及適用的扱いまでしてしまったりなどの事態は、健全ではありません(重過失を、本来の「捏造・改竄」の故意を対象とする定義に加えて適用してしまっています。日本語としても、故意を意味する「捏造・改竄」に、過失概念を入れ込むのはおかしいです)。
 研究不正ガイドラインに即して、その認定プロセスでの公正手続きについてもっと議論が深まる必要があるのではないかと感じています。
 
(3)査読における利益相反について
 
 第三は、査読における利益相反についてです。議事録をみると、市川氏がこんなことを言っています。

「私自身,米国に25年,両方で15年ぐらいいたものですから,日本とアメリカの両方の話をさせていただくことになるんですが,これが私の後お話をいただくガイドラインですね,浅島先生にもお話しいただいた,出てきた話なんですが。ここでは,いわゆる不正行為に関して,主に研究機関がどう対応するかということが書かれているわけですが,その不正行為というものがどういうものかということで,捏造,改ざん,盗用と,それプラス公費の不正使用ということを我が国では不正行為,あるいは特定不正行為というんですが,それ以外に浅島先生は確か疑義のある研究行為というふうな,違う言葉で言われていたんですが,不適切行為というのは幾らでもあるわけですね。データを捏造するのは悪いけれども,データを曲解するということも非常に科学に逆行すると。ライバルの研究への妨害行為,私自身やりました。競争相手の論文が査読に回ってきたらば,2週間ぐらい棚に上げておいたというようなこともやりましてですね。
 そのようなのは非常にまずいので,こういうことを教育しようというわけですが,不正行為の学習は基礎学習だけれども,これ全体は倫理学習をしなければいけないという。倫理学習は,違う言葉で言うと研究者倫理教育,研究者行動規範教育と,浅島先生もお話しになったことだと思うんです。」
 
 学術関係における利益相反というと、論文の執筆者についての話が連想されますが、いくつかのサイトを読むと査読者側にも求められるとされています。
https://www.editage.jp/insights/disclosure-of-conflicts-of-interest-what-do-journals-expect-from-authors?access-denied-content=metered&InsightsReferer=https://www.editage.jp/insights/disclosure-of-conflicts-of-interest-what-do-journals-expect-from-authors?regid=1524433440
 
 市川氏自身、利益相反に当たる不適切行為をしていたということですし、STAP論文においても、発表前に論文内容が出回っていたという話もあります。
どうも学術界には、市川氏の言うようなレベルを超えて、査読をめぐる問題行為(その論文の査読で得た情報をもとに、自ら又は関係者が先に発表してしまうなど)もあるような指摘もありましたし、傍からみると、ずいぶん不透明な世界だな・・・と感じました。

査読は、その世界の「専門家」のスクリーニングを経て、より信頼性の高いものにしてから世の中に出す、という趣旨のようですが、科学は、既成概念の打破によって進歩してきたわけですし、既成概念の世界の専門家がチェックすることは有効なのか? あるいは、どこの誰ともわからない匿名の研究者に自分の論文をチェックされ、陽の目を見るかどうかの生殺与奪を握られていることに、不合理性を感じることはないのか? 利害関係のある者の排除をどう実質的に担保できるのか?・・・といった素朴な疑問を感じています。それに、サイエンスやネイチャーなどにしても、商業誌である以上、何らかの利害、思惑も多かれ少なかれあると思います。
すこし話がずれますが、大学が、一流誌に学位論文を掲載することを以て、博士号授与の要件を満たすという仕組みも多いようですが、対価を払わずにアウトソースしているわけで、ただ乗りで、外部の人的リソースを使っている構図となりますから、妙な話です。

一度、文系の論文の査読的意見内容を見せてもらったことがありますが、複数の意見内容は、てんでばらばらで、馬鹿馬鹿しいと思ったことがあります。どこの誰ともわからない学者のこんな類いの意見で、博士号の授与が左右されるなど、絶対におかしいとも思いました。学術界では博士号というのは、絶対条件のようですが、産業界や官界の中では、博士号を持っているかどうかということは、別にそれほど重視されているわけでもないでしょう。時としてその肩書が禍いすることさえあります。
ピアレビューなしのオープンアクセスの論文発表も目立ってきているようですが、メリット、デメリットがある由。しかし、理系論文の場合、それで再現なり再確認がなされればいいのではないか…とも思うのですが、それほど単純ではないということなのでしょうか・・・。

いずれにしても、査読システムは、透明性、公平性、公正性等の点で、潜在的に問題を抱えているのではないか、利益相反を排除する担保手段はあるのか、等々の感想を抱いた次第です。


※左倉統 東大大学院 情報学環教授の講演動画も全編見ました。
  STAP問題で、特段利害関係はなさそうですが、普通の識者がなぜ
 こういうステレオタイプの発言になってしまうのかを考える上での材
 料になると感じました。
  先日、櫻井よし子氏のような識者であっても、STAPや小保方氏に
 極めて批判的な記事(2014年4月時点)を書いていたということを知
 りました。
  こういうことを見るにつけ、なんというか、よほど世間には「毒が
 回っている」?ように感じました。
  左倉氏の講演から感じたことは、別途、記事にしたいと思います。