理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

小保方氏の今後の活動はどう展開されるだろうか・・・?

 
 単行本の『小保方晴子日記』は、関心のある方は、だいたい読み終わっている頃かと思います。
 おそらく、読後に気になったのは、やはり、「小保方氏の今後の活動はどうなるのだろう?」ということかと思います。

 日記の記述から汲み取る上で留意が必要かな・・・と思ったのは、婦人公論(4月10日号)でのインタビュー記事の、次の記述でした。

「そんな思いでつけ続けた日記。本当につらい日は、一番つらかった出来事を文字にすることはできない。ものすごく体調が悪い日は、文字すらもろくにかけない。それでも記号や絵など、あとから思い出すきっかけとなるものを必ず書き留めました。その瞬間に目に入ったものなど、一日の断片があれば、その日に起きたことはすべて思い出します。連載はそれを文字化する作業でした。」

 それで合点がいきました。博士号の剥奪に関する日記の記述が、連載時と単行本とで少し違っていたり、日付がずれたりしている部分があったのですが、こういうことであれば、理由がよくわかりました。
 上記記述の少しあとに、次のようにも書かれています。

「連載では、毎回読み切りにまとめなくてはならないことや、字数制限などの理由で短く言い換えた部分も多かったのですが、書籍には連載で書き切れなかったことを十分に盛り込むことができ、ほぼ本来の私の日記そのものになりました。」

 日記自体は、今から1年半前の2016年10月時点が最後です。ただ、連載や単行本化するに際して、その連載時点や単行本のための編集時点で(=2017年1月からの1年間で)、書き起こされたり、加筆されたりしていますので、日記の記載内容―特に、感情、気持ちに関する記述が、その日付時点のものなのか、それとも、事後の書き起こしや編集時点でのそれも反映されているのかが、よくわからないところがあります。

■ しかしいずれにしても、単行本のあとがき部分(今年の2月23日付部分)と、今回の婦人公論インタビュー内容とが、現時点での小保方氏の気持ちということであることは間違いないところです。
 そこから感じたのは、今すぐに、研究生活に復帰ということにはならないようだ・・・ということでした。
 1年半前の2016年10月2日時点で、

「(研究に)もう一度、可能性を模索したい気持ちが芽生えている。」として、紹介された人から、「これまで候補に考えていなかった国での仕事。働きながら再び博士号を取得する道も提示された。」

 とありますが、現時点では、具体化している様子はなさそうです。
 STAP細胞についても、

「(研究で)温めていたアイデアもたくさんあって、油断すると今でもアイデアが湧くほどです。」

 とあり、「油断すると」ということは、逆に今はそれらのアイデアを活かせる局面にはないことを想像させます。また、次の記述では、元気を取り戻した今、自身が研究に早速取り組むというニュアンスではなく、別途の社会貢献の道を考えているようにも思えます。

「もう一度、心ある研究者に見出され、正しく人類の役に立ってほしい。でもSTAP細胞の未来に、あまり心配はしていません。この世に現象としてあるものは、いずれ必ず出てくる。それが自然科学だと考えているからです。」

「研究は、未練や執着ではなく、純粋に好きだと今でも思えるので、機会があるならまたしたいです。でも研究をしていた時から根底にあった思いは、、社会の役に立ちたいということ。どんな形であっても、これからそのために生きていきたい。この人生でもう一度、その夢を追い続けたいと思っています。」

 単行本の『日記』でも触れられ、寂聴氏にも勧められた小説執筆や、鬱治療のための本格的食事療法の実践を通じて栄養や料理について取得した資格など、社会貢献を連想させるものはありますが、実際にどういう道になるのかは、今後を見てほしいということなのでしょう。
 研究生活にすぐに復帰ということでなさそうだとしても、別にそのことを残念に思うとかいうことではなく、まずは小保方氏の心身の復調を喜ぶものです。

「自分の弱さにも、記者にも、もう二度と負けない。・・・外からの攻撃に振り回されて耐えるばかりの、受け身の日々はもう終わりにしよう。」(2016年10月8日付)

 と決心して、その後1年半、安全な場所に身を置いて、そのような自信がついて再び姿を見せたということのようですので、ともかく心身の健康を取り戻し、社会生活に復帰するスタートラインに立てたということでしょう。それは、研究活動も含めて、今後の可能性がいろいろ開けるようになったということで、小保方氏にとっても、その社会活動の成果を享受する社会にとっても、大変喜ばしいことです。
 寂聴氏は、僧侶と作家活動を両立させていますし、作家と学者の二足の草鞋をはいている人々は少なからずいましたし今もいますから、小保方氏もそういうスタイルになっていくのかもしれません。 いずれにしても、

「研究をしていた頃は、魂が震えるような喜びを感じていました。」
機会があるならまた実験がしたいです。」

 とのことなので、早晩、小保方氏が研究に復帰する日は訪れることでしょう。

■一点だけ気になったのは、STAP細胞事件に関する一連の過去のことについての気持ちのことです。過去のことで、もう悩むのは止めたということはもちろん構わないのは当然のことですが、次の記述の意味するところが、少し気にかかりました。

「2016年9月27日 
 今日も極端な心境の変化があった。自分が悪いのだと悩んでいた人間関係について、もう諦めようとすっぱり思った。心からその人が脱走していったみたいだった。」

 「その人」というのは想像できるところですが、人間関係の軋轢のことは横に置くとしても、STAP細胞事件の真相解明についてはどうしても過去の事実関係の探求が必須となってきます。
 また、小保方氏の究極の名誉回復や、STAP細胞研究の進展のためにも、事件の解明が期待されるところです。小保方氏自身も次のように書いています。

「はなから『ない』と決めつけて世界を見るのと、存在の可能性を意識しながら世界を見るのとでは、真実に出会える確率もスピードも変わると思うのです。今回の騒動で研究の推進力が鈍ったことも、忸怩たる思いです。」(今回のインタビューp120)

 だとすれば、今回の騒動の内実がどういうものだったのかが明らかにされることは、小保方氏の「恋人」だったSTAP細胞について、「存在の可能性を意識」させることに直結しますから、その観点からの関わりは、今後も維持してほしいところです。
 具体的には、改めて何かを書いてほしいということでなく、日記でも触れられていた『あの日』の翻訳版の発行は、できればなんとか実現できないかということです。それに、単行本の『日記』で詳細に追記された博士号剥奪の経過とをまとめた、増補版の翻訳発行がかなえば、それによって、あの一連の騒動の内実が、世界にシェアされることになります。『あの日』の出版によって、日本国内の見方が大きく変わったように、その翻訳版の刊行によって、世界の見方もまた大きく変わってくるものと思います。

■それから、これは小保方氏に、ということではありませんが、次のような一連の基本資料も、英文版での海外発信が望まれるところです。

 ・桂調査委員会報告書とその記者会見内容
 ・検証実験結果の記者会見内容
 ・笹井氏、丹羽氏の記者会見内容
 ・若山氏の記者会見内容とその後の訂正内容

 私も含めて、STAP細胞問題に関する公式見解や措置について疑問を持って論じている各種ブログなり、佐藤貴彦氏、渋谷一郎氏らの書籍なりは、これらの内容で提示された材料から詳細に検討がなされています。それらの疑問を惹起する諸材料は、世界では十分シェアされていないと思われますので、議論のための材料を共通にするためにも、翻訳によりシェアされることが望まれます(自分では能力がないので残念ですが・・・)。

■私も、文系の立場ながら、このブログで2014年の春以来、実に4年に渡って本件をフォローしてきました。2016年8月時点で、中間的な頭の整理で以下の資料をまとめていますが、
 その後、いろいろと進展もありましたし、時間が許せば、ブログ内容を整理してまとめてみようかとも思っています。
 関心がこれだけ持続するというのは、それだけ、本件の根が深いということの裏返しでもあります。