BPOの在京キー局との意見交換会概要―沈黙せざるを得なかったNHK
在京キー局ということもあるのでしょうか、冷静な意見の少なからずあったように感じます。
以下、わかりやすくするために、超訳風に、一連のやりとりを要約してみます。
【視聴者の印象について】
NHK「所沢のダイオキシン最高裁判決を引いているが、ダイオキシン濃度が高いのはお茶葉なのに、葉もの全般の濃度が高いように発言したことに当たるような発言とかは、今回のNHKスペシャルではどこにもないでしょう?」
曽我部「最高裁判決と高裁判決は判断が分かれたが、高裁は、白菜ひとつに高濃度のものがあったことを以て、葉もの全般に汚染という報道振りに真実性を認めた。他方、最高裁はそういう個別の材料ではなくて、番組全体の一般視聴者がどう受け止めるか、ということで判断したものであって、今回もそれに従ったものだ。」
NHK「視聴者の印象というけれど、番組後にモニターから意見をとったら、小保方氏が盗んだという印象を持った人はいなかった。小保方氏側が申立てでの主張で、ああそう見られているんだと思った次第。
【留学生の細胞への言及とES細胞の混入の関係】
NHK「それから、STAP実験から、小保方氏の冷凍庫で見つかるまでに2年間のブランクというが、STAP実験後も研究は続いていたわけだから、ブランクというのは、おかしくないか?」
坂井「言っていることがずれている。問題になっていたのは、STAP実験時のESのコンタミの話だ。2年も経ってコンタミと関係ないものが見つかったことが、どういう関係あるのか? 当時は小保方研もなかったし、どこにあったのかもわからない、冷凍庫に入った経路もわからないような留学生の細胞のことを持ちだして、STAP細胞研究が続いていたと主張しても、本題であったはずのESのコンタミとは関係ないでしょう。」
曽我部「視聴者は、キメラ実験のあたりで混入したのだろうと受け止めていただろうから、それからだいぶ経って、たまたま小保方氏の冷凍庫で見つかりましたよと言われても、つながりがよくわからないと思う。
管理状況が悪かったと言いたいのであれば、そういう問題提起にすればよかったわけで、そういう提起ではないのだから、ああいう決定になるということだ。」
A「桂報告書では、2005年から若山研にあって、2010年になくなった後に小保方氏の冷凍庫で見つかったES細胞と、STAP幹細胞の成分が一致したと認定していることは、真実性の判断の上で考慮されたのか?」
坂井「真実性の判断は、あくまで番組での摘示事実はどうなのかということを基に行う。我々の認定した摘示事実では、留学生の作成したES細胞と、冷凍庫で発見されたES細胞というのは、番組で関連があるんじゃないかと言っているわけだから、留学生のES細胞を取っ払って、一般的に若山研のES細胞との関係で真実性を判断するわけにはいかない。前提として、番組の摘示事実は何かというところから真実性の話をしないと、ちょっと論点がズレるのではないか。
市川代行の少数意見は、そこは切り離している。番組として切り離すのだったら、留学生の細胞の話を出さなくたっていいわけですから。私は切り離すのはおかしいと思っている」
市川代行の少数意見は、そこは切り離している。番組として切り離すのだったら、留学生の細胞の話を出さなくたっていいわけですから。私は切り離すのはおかしいと思っている」
B「自分は、出所不明のES細胞が小保方研究室の冷凍庫から出て来たという事実は捉えたが、STAP細胞がそのES細胞に由来する可能性があるとまで摘示しているとは感じなかった。普通の視聴者の視聴の仕方というが、やっぱり、個々の視聴者が感じることは違うと思うので、私は委員会の判断は相当厳しいなと、すごく感じた。」
出所不明の留学生のES細胞が、その前の場面のアクロシンGFPが入った若山研にあったES細胞とは同じではないと当時認識していたのであれば、それとは別の話であることをはっきりさせた上で構成すればいいものを、はっきりさせないままに、なぜこのES細胞が小保方研の冷凍庫から見つかったのかと疑問を呈するナレーションがある。そうすると、このES細胞が混入したらSTAP細胞ができちゃうね、という流れだと、一般の人にもそう見えると我々は判断した。」
【留学生の細胞へのアクロシンGFPの組み込みは?】
B「留学生が作ったES細胞には、アクロシンGFPは組み込まれていないのですね?」
坂井「結論としては、そうだと思う。」
B「NHKは放送当時、それを知っていたのか?」
(NHK 沈黙)
市川「アクロシンGFPの話は、後になって、NHKにヒアリングした際にちゃんと聞けばよかったなと思った。アクロシンGFPが入っているか入っていないのかについて、NHKが取材したかどうかは、今もって分からないが、事実としては入っていなかった。」
坂井「委員会は、一般視聴者の観点で議論をし結論した。少数意見も2人も、人権侵害とは認めないが、放送倫理上問題ありとしている。」
【調査報道と法律、名誉棄損とのバランス】
C「委員会は裁判所なのかなと思ってしまう。これでは、加計の問題とか森友の問題も一切放送できない。あのSTAP細胞に何かあったのじゃないかという素朴な疑問について、小保方さんから一切回答は返ってこなかった中で、一所懸命番組を組み立てていった。メディアとしての大義の部分の認識は委員にあったのか? 些末なことが十分な真実性が無いから人権侵害だと断じてしまうのは、ほとんどの調査報道の道を閉ざすことになる。」
坂井「加計の話とは違うし、調査報道はいくらでもすればいい。ただ、名誉毀損にならないようにすればいいだけの話。それをしない方法はいくらでもある。報道というメディアの重大な役割は委員全員が認識している。そこで名誉毀損だと言われないように細心の注意を払うべきじゃないかと思う。それは、そういう重大な役割を担っている報道のみなさんの役割だし、義務だと思う。
D「やっぱり普通に番組を見ると、小保方さんがあの細胞を勝手に盗んできて、個人的にやったのかと見えちゃう。小保方さんが個人的にやったのか、もしくは研究者の誰かが勝手に入れたのか、何らかの手続きで間違って入ったのかもしれませんけれども、これを見る限りでは、個人がなんか意図的にやっているふうに見えちゃう。だとすると、これは個人がやったのか、それとも第三者が勝手に入れたのか、それについてお答え願いたいみたいな表現にすれば、よかったのかなと思う。
【メール読み上げのナレーション】
D[それよりも、どちらかというと、声優を使って紹介したメールのやり取りのほうが、かなり問題ではないのかなと。たしかに公的なメールでプライバシーの侵害ではないが、男と女の関係を匂わせるような表現はいかがなものかと、僕はリアルタイムで見ていてびっくりした。」
坂井「いかがなものかという趣旨の表現は決定文に書いてあると思う。本件のような大事なテーマで、そういうニュアンスを出すのはいかがなものかと、私も個人的に思うが、でも、声優が話している内容自体は大したことじゃないので、問題ありという結論にはならないと思う。」
(NHK沈黙)
【非法律専門家としての見方】
奥「決定文28ページの「調査報道の意義と限界」というところを読んでいただければ、私が考えていることは分かると思う。委員会は裁判所ではない。」
C「委員会はより良い放送メディアを作るためのものなので、たしかに問題があるかもしれないが、伝える意味合いがあるものに対しては、それとのバランスをどういうふうに取るかを、是非お考えいただきたい。法律ではそうだとしても、委員会はそういう場ではないと思っている。」
城戸「私は法律の専門家ではないが、表現する立場でもある。やはり、調査報道は踏み込まないとできないということはとても理解できるしNHKの番組は、独自に調べられてタイムリーに作ったと思う。
でも、私はリアルタイムで拝見したが、やはり申立人が何か重大な間違いを犯してしまったんじゃないだろうか、という見方をした。・・・やはり、ちょっと行き過ぎた言葉によって、傷ついただろうと感じた。申立人のしたことが、それよりも大きかったかどうかはちょっと分からないが、放送によって本人が名誉が毀損されたと感じたならば、やはりそこを考えて判断していくのが、この委員会だと思っている。」
でも、私はリアルタイムで拝見したが、やはり申立人が何か重大な間違いを犯してしまったんじゃないだろうか、という見方をした。・・・やはり、ちょっと行き過ぎた言葉によって、傷ついただろうと感じた。申立人のしたことが、それよりも大きかったかどうかはちょっと分からないが、放送によって本人が名誉が毀損されたと感じたならば、やはりそこを考えて判断していくのが、この委員会だと思っている。」
NHK「放送は「小保方さんにこうした疑問に答えてほしいと考えている」で終わっているわけではなくて、その後まで続いていて、新たな疑惑に対して理研は調査を先送りにしてきていて、こういったコンタミを含めた調査をきちんとやらないのかと、指摘する場面を付けている。」
【BPOのNHKへの意見後の手続き】
坂井「決定を通知したあと、我々が行って、当該局研修をしてその報告をいただいて、それで分かりましたと了承するときと、報告の内容に納得いかない部分があるときは、我々はそれに対する意見を出して、それで終わるというのがこれまでの通例です。」
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ということで、要約してみました(それでも長いかもしれませんが)。
NHKは、最初は、「モニターは誰も盗んだと感じていない」「STAP実験後もずっと若山研では実験は継続されてきたのだから、2年間のブランクというのはおかしい」といったズレた質問をしていましたが、改めて反駁的に決定の趣旨を縷々説明されて、黙ってしまいました。
その後、A,Bという他局の者が、NHK擁護的発言をしたものの、Bが「留学生の細胞にはアクロシンGFPが入っていないことを、NHKは知っていたのか?知っていたら放送倫理上問題だ。」と指摘し、少数意見の市川委員までが、「アクロンシンのことは、ヒアリングのときにNHKに聞けばよかった」と述べたあたりから、(調査報道への萎縮についての発言は続いたものの)NHK擁護一辺倒ではなくなった感があります。
Dが更に、「声優によるメール読み上げの方が、かなり問題ではないか。男女関係を匂わせるような表現はいかがなものかとびっくりした。」と発言し、坂井委員長がダメ押しで、「本件のような大事なテーマで、そういうニュアンスを出すのはいかがなものかと、私も個人的に思う」と発言しています。
いずれの批判に対しても、NHKのコメントはありませんでした。
こういうやりとりについては、経営委員会にきちんと報告されるべきでしょう。