実験ノートの情報公開請求に対する理研の不開示理由について
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1 不開示決定した法人文書の名称
①小保方氏の実験ノート(計179枚)
2 不開示とした理由
本件法人文書は、「研究論文に関する調査委員会」における調査に使用されたものであり、これを公にすることにより以後の同種の調査に支障をきたすおそれがあることから、「独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律」第5条第3号の不開示情報に該当し、その全部を不開示とする。
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学術界における研究ノートの位置づけが正確にはわからないところがありますが、少し考えてみたいと思います。
法令の解釈運用については、逐条解説が発行されてはいますが、値段が高いので、ネットで見てみると、所管の総務省ではなく、経済産業省が掲載しているもので詳しいものがありました。これは、中央官庁等の行政機関についての情報公開法の解説ですが、語句の定義・解釈は独法のものと同じですので、参考になります。
■ さて、理研の不開示理由について、直観ですが、おそらくその具体的趣旨は、次のようなことではないかと思いました。
【具体的理由】―調査委員会の発足自体は、その研究機関の判断でできるが、調査に協力するかどうかは、調査対象者の任意に基づくものである(協力しなければ、対象者が不利になるだけ)。事実関係を見極めながら不正かどうかの判断をするためには、調査対象者からの実験ノートの提出やヒアリング等を行うことが必須となる。
しかし、それらが公開されてしまうのでは、その研究者の知財権等の面で不利益をもたらす場合もあるので、非公開の前提でノートの提出を受け、ヒアリングも行ったものである。小保方氏も若山氏も同様の前提によるものだった。このため、調査目的外で、情報公開請求に応じて、誰にでも公開することがルールになってしまっては、今後、同種の調査を行う際には、調査対象者の協力は得られなくなり、任務遂行に支障を来す。
■検討の前提としては、次のようなことかと思いますが、誤解しているところもあるかもしれませんので、間違っていたらご指摘下さい。
この点に関しては、次の事実があります。
①小保方氏は、2014年4月初めの記者会見で、実験ノートの公開について
は、知財権の問題があるので、自分の一存では公開できない旨を、ま
た、秘密実験が含まれているので、誰にでも公開するつもりはない旨を
述べています。
②BPOの決定の中でも、小保方氏の実験ノートに関しては、次の記載があ
るとの前提に立っています。
「(小保方氏側は)ノートは未公表の著作物であり、著作者である申立
制限事由の影響を受けないとされている(著作権法第50条)。したが
って、著作物を時事の事件の報道のために利用できるとする同法第41
条の規定は適用されない。しかし、このことは、著作者人格権と表現の
自由との調整を不要とするものではない。ただ、この問題については専
門家の間で議論されつつあるという段階であり、いまだコンセンサスが
成立していないのが現状である。」
(3)実験ノートは、特許出願しなくても、不正競争防止法による営業秘密の保護の対象にもなり得る。
以上の点を踏まえると、実験ノートは、研究機関側に所有権があるとしても、営業秘密としての側面や、著作権・著作者人格権との関係もあり、それらを有するその研究者の許諾を得ないままに公開はできないということかと思います。
■次に、情報公開の対象となる「法人文書」に該当するかどうかについては、該当するということでしょう。
「第2条
2 この法律において「法人文書」とは、独立行政法人等の役員又は職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)であって、当該独立行政法人等の役員又は職員が組織的に用いるものとして、当該独立行政法人等が保有しているものをいう。」
要件が3つ書いてありますが、①は「作成した」ものなのか、「取得した」なののか、実験ノートの帰属次第でしょうが、いずれにしても該当することは間違いありません。
①法人が作成したものか、取得したもの(=外部から取得ものも含む)
②組織的に用いるもの(=個人用のものではない)
③実際に保有しているもの(=廃棄されていないこと)
■他方、理研の不開示決定では、「独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律」第5条第3号の不開示情報に該当」とあります。
「三 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人の内部又は相互間における審議、検討又は協議に関する情報であって、公にすることにより、率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ、不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれ又は特定の者に不当に利益を与え若しくは不利益を及ぼすおそれがあるもの」
この条項では、公開することによって生じるマイナスのおそれとして、3つの類型を挙げていますが、理研の不開示理由は、「以後の同種の調査に支障をきたすおそれ」を挙げています。
先ほど書いた不開示の具体的理由を、この条項の類型に当てはめると、
「最初の率直な意見交換が損なわれるおそれ」
「特定の者に不利益を及ぼすおそれ」
の2点に該当するという判断だろうと思います。
■冒頭に具体的な不開示理由と推定されることを書きましたが、不正調査のためという目的限定付きで実験ノートを出した途端に、情報公開法によって世界に全面公開されてしまう仕組みになってしまうのでは、(不正調査の面では不利益を被ったとしても)誰も協力しないでしょうし、もともと、秘密実験も含めた実験も含まれるなど営業秘密的側面もあり、著作権・著作者人格権の対象である以上、その同意なく公開は元々できないということかと思います。同意を求めても、小保方、若山の両氏とも拒否することでしょう。
「実験ノートの番組での使用については、「(たとえ公共性・公益性があったとしても公開されることは)我慢ならない。何故なら、それには、私のこれまでの、全ての秘密が書かれているからだ。私が見つけた細胞の秘密、細胞の神秘、私の発見、私のその時の感動、それが全て書かれたものだった」と訴えた。」
■ なお、外部の一般の立場に立ってみると、桂不正調査委員会の審理や認定が、具体的にどのような材料に基づいて行われたのかがわからない、検証できないということは、その認定が果たして適正なのか?ということをチェックできないという点で、釈然としないところがあると思われます。だからこそ、情報公開請求がなされたのでしょう。不正調査は、研究犯罪の解明だという性格からしても、通常の裁判と同じように連想しがちです。
ただ他方で、不正調査委員会の調査の性格は、研究不正の有無を究明するという公益的性格はあるものの、警察の捜査や裁判所の文書提出命令のような強権的なものではなく、調査対象者に不正ではないことの説明、立証の場を与え、その適否を判断することによって、不正か否かの判断をするという手続きをとっており、研究者の知財面の保護に多分に配慮しているものだと思います。
裁判であっても、営業秘密の侵害に対して訴えると、以前は、裁判公開の原則により営業秘密が公開されてしまうという不都合があったために、泣き寝入りしがちだでした。その後改正がなされ、裁判の場で、営業秘密を公開しなくてもいいような制度ができたという経緯があります。
■ このように諸々の材料を考えてみると、理研の不開示とその理由については、概ね妥当ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
ただし、逆にいうと、実験ノートを含め調査委員会での調査資料は、そういう性格のものだったと情報公開の不開示理由として、理研自ら認めている(主張している)にも拘わらず、理研のCDB幹部は、NHKに、実験ノート、メールの写し、ヒアリング記録を勝手にリークして、恣意的な世論誘導を図ったのですから、理研は然るべく究明をして、処罰する責務が本来はあるはずです。
「リークしている人間の目星はついているが、注意しても言うこと聞かない」と複数の理事が小保方氏に言っていたわけですから、放置したことは問題です。
(参考)
なお、上記のような趣旨での不開示理由であれば、三号だけではなく、二号にも該当するのではないか?と感じたのですが、こういう点も含めて、三号の「特定の者に不利益を与えるもの」で読みこんだのではないか、と思いました。
「二 法人その他の団体(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除く。
イ 公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な 利益を害するおそれがあるもの
ロ 独立行政法人等の要請を受けて、公にしないとの条件で任意に提供されたものであって、法人等又は個人における通例として公にしないこととされているものその他の当該条件を付することが当該情報の性質、当時の状況等に照らして合理的であると認められるもの」