理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

日経新聞「『研究成果再現できず』、生命科学信頼揺らぐ 」との記事に関連して

 
 一昨日の日経新聞の科学技術関連面(9面)に、興味深い記事が載っていました。生命科学で、研究成果が再現できず、信頼が揺らいでいるという記事です。
 STAP細胞事件の際には、若山氏が論文撤回を呼びかける以前の時点では、同氏は、生命科学ではいかに再現が難しいか、自身でも認識できないようなほんの僅かな実験条件・環境の差で再現できないことはしばしばあることを力説していたにもかかわらず、論文撤回の呼びかけを行ったのちは、そういうことが力説されていたことは忘却され、科学界及びマスコミ等からは、小保方氏が再現できないのはおかしい、簡単にできると言ったではないか、といった激烈な批判が続きました。
 理研による丹羽氏、小保方氏による再現実験においても、そういう視点は何ら提起されず、小保方氏による再現実験に至っては、そういう基本的な「常識」だったはずのことを敢えて無視し、再現できなくするためとしか考えられないような制約が課されました。
 
 それを、今頃になって、生命科学では研究成果が再現できないことはしばしばであるような話をされても、なぜその認識が、STAP細胞問題についていろいろ論じられ中で、重要な留意点として科学界側から提起なり注意喚起なりされなかったのかと思わざるを得ず、いささか鼻しらむものがあります。
 
******************************
◎「研究成果再現できず」、生命科学信頼揺らぐ 
  日本経済新聞 2017731日付け朝刊
 
 科学技術の最前線で、研究成果を第三者が実験で再現できない問題が深刻だ。とりわけ生命科学分野で目立つ。研究不正を働いていなくても、実験条件を完全に一致させるのは難しく、確認が不十分なまま論文になることが多いからだ。このまま再現性のない論文が量産され続けると、科学への信頼を大きく揺るがしかねない。
 
■「留学生しか合成できなかった」
 中部地方の薬学系大学の元教授は10年ほど前、留学生と協力して進めていた抗ウイルス薬の開発をあきらめた。「留学生しか候補物質を合成できなかった」と説明する。
 関西地方のある生命科学研究者は、細胞を育てるために使う培地ではN社の製品を優先して使っている。「違う会社の培地にすると、うまく成長しない」と明かす。
 研究現場に行くと、ときどき「本当なのか?」と疑ってしまうような話を耳にする。厳密な論理と正確な実験を繰り返して科学技術が発展してきたと信じていると、意外な実情に驚いてしまう。
 
 英科学誌ネイチャーが2016年、1576人の科学者を対象に「他の科学者の実験を再現して失敗した経験があるか」と調査したところ「ある」という回答が70%を超えた。論文にある手順を踏んだにもかかわらず、同じ結果にならない。
 研究予算が最も多く投じられる生命科学分野で顕著だ。90%の論文で再現性がなかった」との調査がある。独バイエルの製薬子会社や米アムジェンはがんに関する論文を追試し、大半の論文で同じ結果が出なかったと報告した。
 
 研究者は必ずしも意図しているわけではなく、生命科学特有の事情がある。実験に使う動物や生体組織、細胞などの試料は均一ではない。同じ会社の試料や試薬を使っていても、あるときを境に実験結果が変わることもある。例えば、遺伝子の解析によく使う電気泳動は同じ人がやっても結果が違うことが多い。実験条件が微妙にばらつくからだといわれる。まだ見つかっていない分子や解明されていない機能も数多く、物理や工学などの分野に比べて再現性を得にくいことも大きい。
 
 定説と違う現象やアイデアを公表し、議論を深める役割が論文にはある。再現できなくても、真実を探るヒントが隠されていることも多い。新たな仮説や実験手法を生み出し、進歩を促す。
 京都大学山中伸弥教授らが開発したiPS細胞は、確率は低かったが他のグループでも再現でき、革新的な技術として爆発的に広まった。一方、理化学研究所が発表したSTAP細胞は誰も再現できず、検証を続ける中で不正が暴かれた。
 
■研究不正の温床との指摘も
 研究者は本来、同じ実験を繰り返して再現性を確かめる必要がある。だが国際競争は激しく、負けると名声も資金もライバルに奪われるため、確認が不十分なまま論文を投稿しているきらいがあるようだ。科学技術が社会貢献や経済成長と強く結びつくようになり「面白い結果が出た」と公表する風潮が強まったことも問題だ。再現性の低さが研究不正の温床になっているとの指摘もある。
 事態を重くみる米国立衛生研究所16年、研究計画や実施方法などの指針を作成して公表し、研修も始めた。例えば、がん治療を見込んだ実験で否定的なデータが出た場合でも記録を残し、第三者の検証に応えられるようにすべきだと説く。研究の透明性を高め、再現性を含めた質の高い論文発表を促すねらいだ。
 日本医学会連合(門田守人会長)は27日、医学研究に対する信頼を取り戻すための提言を発表した。再現性や客観性を確保するために必要な最新知識を習熟することなど6項目を傘下の128学会会員に呼びかけた。
 同連合の研究倫理委員長を務める市川家国信州大学特任教授は「学術界では稚拙な実験やずさんな論文が放置されていると、社会に受け止められている」と強調する。
 今春、仙台市で開かれた日本薬学会のシンポジウムでも再現性の問題が取り上げられた。担当した岡山大学の田中智之教授は「遠慮なく議論する場がない。機会を設けたかった」と振り返る。
 再現性問題を見つめ直し、健全な研究を目指す活動も広がっている。」
**********************************
 
■この記事に書いてあるような再現の難しさは、若山氏がさんざん述べていました。
 
◎【参考】小保方氏の実験の難しさを伝える若山氏のかつての文春インタビュー記事
 
・レシピは単純でも、匙加減が難しい。
・マイクロマニュピュレーターの手足を使う操作は難しい。
・細胞の濃度を揃えたり、洗浄を何回やらなければならないというコツがある。
・実験室が変われば成功率も変わってくる。
・水でさえどの会社の水かで違ってくる。試薬も最適なものを使わないと再現できない。
・自分が成功し、自分が世界で一番テクニックを持っているはずでも、半年間うまくいかなかった。
 
20142月中旬時点で、メーリングリストでも述べています。 


**********************************
From: 若山:
 Sperm-eggの皆様
ご心配をおかけしており大変申し訳ありません。
再現できないという文句はいずれ来るだろうと思っていましたが、図のミスがいくつかあるとは思っていませんでした。再現性より図のミスの方が痛いです。
新聞やインターネット上でいろいろミスを指摘されていますが、結果を否定するのは一つもありません。電気泳動の指摘も、コントロール(リンパ球)のレーンの位置であり、実験区は指摘されていません。胎盤の写真は、おそらく僕が同じ試料をピンセットで向きを変えて撮ったものだと思いますが、そもそもこの図は再投稿の際に削除するのを忘れた単純ミスで、テキストのほうでは触れていません。したがって、ミスしたことは申し訳ないと思っていますが、本筋の結果に関して問題はなく、すでにNature側と修正を交渉中です。
 次に再現性の問題ですが、理研の発表で簡単ということを強調しすぎたのも原因です。僕自身、理研では再現していますし、学生の一人も成功しています。でも試した他のメンバーは失敗です。(2/5人成功)。
クローン羊ドリーは、クローンマウスの論文が出るまで1年半、疑われ続けました。簡単に見えても、技術を要する実験は、すぐには再現できなくて当然です。まさか発表からたった2-3週間でこれほどまで批判があるとは思っていませんでした。それだけインパクトがあったとポジティブに考えることにします。僕が2008年に発表した凍結死体からのクローンは、いまだに再現されていませんが、だれも何も言いません。インパクトなかったようで残念です。
よそのラボが再現した論文を発表するまで批判され続けそうですね。」
**********************************
 
■国内外で基礎生物学の研究をされてきたという和戸川純氏も、同様のことを指摘しています。


◎【備忘】和戸川純氏の「小保方晴子が愛するSTAP細胞 」記事からの抜粋―示唆に富む指摘の数々
 
**********************************
4 再現性試験の難しさ
「細胞を洗浄するときに、細胞が入った溶液を細いピペットで攪拌する。攪拌のときの手の力の入れ方を、客観的に数字で表現することはできない。
個々の実験者の筋力が異なるだけではなく、一人の研究者の力の入れ方が、毎回完全に同じになることは、あり得ないからだ。バカンティが、細胞を毛細管に通すことを勧めているが、ピペッティングは、まさにそのようなコントロールができない物理的刺激になる。
このピペッティングの例でも分かるように、あらゆる刺激が万能性誘発の原因になるとすると、実験が極めて難しくなる。STAP細胞作成の最適条件を検討するときに、極端に多様な実験条件を、正確にコントロールしなければならないからだ。 酸性化の影響を調べるには、溶液の酸性度以外のすべての条件を、一定に保たなければならない。
再現性試験の難しいことが、私の上のような推測の正しさを示唆している。
他の研究室で、あらゆる物理・化学的条件を小保方の研究室と同一にすることは、不可能だ。器具の操作には人間ファクターが入るので、そこでも条件を一定にはできない。それを小保方は経験的に知っていて、「コツ」という言い方をしたと思われる。からだで覚えたその「コツ」を、他人に明確に説明するのは困難だ。」
**********************************
 
■ 冒頭の日経新聞の記事では、
「再現性問題に関する提言を発表する日本医学会連合の門田守人会長(左)と市川家国・研究倫理委員会委員長=2017727日」
 と、写真のキャプションあったので、「市川家国」氏というところに目が吸い付けられました(苦笑)。市川氏は、例の理研の改革委の委員で、委員長の岸氏とともに、STAP細胞を、調査もしていない時点で、「世界三大不正」と決めつけ、岸氏以上に極端な表現でレッテルを張った人間です。
 
2002年にアメリカで起こった「超電導研究不正(シェーン事件)」や、2005年に韓国で起った「ES細胞捏造(ファン・ウソク事件)」と並び、三大不正事件の一つであると断言。「3つの事件のなかでも一番がSTAP細胞論文の問題で、これから教科書的に扱われることになる」と述べた。
市川氏はさらに、「教科書になったときに、理研が確実に真実を明らかにしなかったことが、日本として問題だ」と述べ、今後の対応次第で、日本への見方も変わるという考えを示した。
「これから若い人が論文を発表するときに、『理研』や『JAPAN』と名前がつくだけで疑われるとなると、国益に反する。」
 
 不正調査もまだこれからという時点で、なぜこのような「世界三大不正」というような断言ができたのか? 「『理研』や『JAPAN』と名前がつくだけで疑われる」などということが、一体どこにあったか? スポットライトを浴びると、途端に大言壮語的なことをいう人がいますが、岸氏にしても、市川氏にしてもその類いでしょう。

■■記事中の「一方、理化学研究所が発表したSTAP細胞は誰も再現できず、検証を続ける中で不正が暴かれた。」との記述は余計です。
   マスコミ、科学界を含めて、渦中の問題の議論の際に、次の点を欠いたことは、極めて大きな問題だったと思っています。

① ①生命科学における研究成果の再現の難しさ、微妙さについて、(当初の若山氏以外)誰も言及しなかったこと。
ネ  ネイチャー誌だったかの論文で再現できていない例が少なくない、という趣旨の記事の紹介はどこかにあったかと思いますが、上記のような生命科学における再現の難しさの背景事情についての解説は、若山氏以外からはなかったと思います。

② ②桂調査委員会が、「STAP細胞ES細胞だ」と結論づけるのであれば、再現実験をすることが必須だったにも拘わらず行わなかったこと。
   繰り返し書いていますが、「STAP細胞であることの立証ができていない」と主張することと、「STAP細胞ES細胞だ」と主張することとは、別物です。このことを無視してか、あるいは理解せずにかわかりませんが、「小保方氏が立証するのが先決だ」という言い方が定番の台詞として繰り返されました。
調査委は、重要試料であるはずのキメラマウスの存在も曖昧にしたまま、(被調査者であるはずの)若山氏側が小保方氏に手交したはずだと主張するマウスをそのまま前提とし、「これが保存していたSTAP幹細胞である」として提出した細胞や、小保方氏の保存庫で見つかった出所不明の細胞の遺伝子分析等を通じて、「STAP細胞はES細胞だ」と断定しましたが、いずれも、実際の実験に使われたものなのかについては確実な裏付けがなく、若山氏側の主張を所与の前提とするものであり、大きな疑念が残るものでした。まして、若山研がクローンマウス研究の一大拠点であることや、マウスのコンタミ、手交ミス等の可能性については一切捨象した上での遺伝子解析でしたし、誰もがあれだけ「解析すべし!」と叫んでいたキメラマウスのそれは、苦笑いの中での「できませんでした」という文字通りの一言で済まされ、誰もそれ以上追求もせず、「胎盤と思ったのは卵嚢胞の見間違いだ(という人もいる)」という台詞まで出してきて、「あれはES細胞だった」と遺伝子解析の結果として断定されても、その結論とそれに至る過程に信憑性、信頼性がどれだけあるのか、疑念を持たれて当然です。
 
 そういう疑念がある場合には、刑事事件であれば、証拠固めのために、必ず再現実験を行うものです。放火事件、痴漢事件等等、検察が立件しようという嫌疑内容が疑う余地のないものである、あるいは蓋然性が極めて高いものであることを立証するために、実際の現場の構図を再現して、実際に犯行に及ぶことができるか、嫌疑通りの犯行が可能かどうかの検証をするものです。事案によっては、それに費やす警察や検察の労力は並大抵のものではありません。
 「研究不正は研究犯罪だ」とさかんに言っていたのは科学界なのですから、「ES細胞を使った捏造だ」とまで研究犯罪として断罪するのであれば、その「立件」内容を裏付ける疑念の余地のない解析に加えて、検証実験、再現実験までやらなければなりませんでした。あの操作の余地がない撮影画像どおりの事象と調査通りの結果が再現されて初めて、その立件内容は採用されるわけです。
 ES細胞の扱いはお手のものでしょうし、種明かしをしてみればいい。しかし、桂調査委報告の内容については、遠藤氏さえも直後に、「ES細胞の『混入』ではああはならない。シャーレの『すり替え』のはずだ」と批判したくらいです。こうやって、「捏造」の「犯行」の基本的「手口」自体が矛盾あるものと指摘されたわけであり、再現などできるものではなかったのでしょう。
 
 政府の都合で強引な操作、立件をすることを「国策捜査」としばしばいいますが、自己点検委から始まって、改革委、桂調査委に至る一連の「調査」は、分子生物学界、理研CDBの幹部、文科省とその意を受けた理研自体のそれぞれの複雑な利害と思惑とが絡み合ったもので、初めから結論ありきの「国策捜査」的な恣意性が濃厚ににじみ出たものでした。
 そういう恣意性が、一般人、非専門家であっても、社会人としての常識と知見とを持って経過をフォローしていれば、透けて見えてしまうにもかかわらず、主として利害関係のある当事者の研究者たちが、マスコミとサイエンスライターらを使って情報リークによって印象操作を図り、異論に対しても、「専門家の判断なのだから間違いない」「専門家でもない素人連中が何を言っているのか」と強硬突破を図ろうとしたことが、一般人の不信と不審とを決定づけたと言えます。
 あれから3年近く経っているのに、STAP細胞問題が、一般人、非専門家であって、依然として忘却の彼方に去らず、議論が続いているのには、そういう背景があるからだと思います。少なくとも、私自身はそうです。
 
 
  なお、上記日経記事で言及された、日本医学会連合が発表した再現性問題に関する提言というものを見てみました。

◎「わが国の医学研究者倫理に関する現状分析と信頼回復へ向けて」
 そうしたら、再現性の話がメインのものではなく、研究倫理に関するものが中心の提言でした。再現性の点についても、日経記事のような観点からのものではなく、動物実験において、バイアスのかかったデータしか発表しない行為が、再現性の低さのひとつの要因だという趣旨のものでした。
 
動物実験等の非臨床研究の質と透明性の確保に向けて 臨床試験の前段階として実施される諸研究の再現性の低さが問題視されている。国際的にみても、臨床試験の土台となった動物実験の再現性の低さが指摘されている12, 13)。研究者の主張に都合の良い結果が出るまで実験をやり直したり、データ採取後に統計方法を選択したり、パラメーターの選別をしたり、さらには当初の仮説を変更して発表したりするような行為が常態化している可能性がある。
結果の公表に関するルールのあいまいさも課題である。人を対象とした臨床試験についてはわが国でもUMIN Clinical Trial Registry といった登録制度によりネガティブデータの未公表による出版バイアス増加を予防する取り組みが進んでいるが、動物実験等については手付かずの状況である。結果の公表の在り方についての教育機会の提供やルール作りも求められる。ある特殊な条件下でのみ得られたポジティブデータを、他のネガティブデータを伏せることによって普遍的な現象として発表したり、すぐにでも臨床応用できそうな注目事項として発表したりする場合や、他の研究者が再現実験や確認実験ができないように研究の詳細を公表しないような場合もある。