理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

NHKのBPO「人権侵害」決定拒否は自殺行為―編集権の観点から

 
 NHKが、BPO決定の人権侵害認定に異議を唱えたことは、既報の通りです。

 この声明を出すに際して、どういう意思決定過程だったのか?ということが注目されるところです。
 それで、理事会と経営委員会の議事録で、過去のBPO決定や改善報告をどう審議しているのかということを見てみました。
 前例としては、平成27年12月11日決定の(クローズアップ現代の)「出家詐欺報道に対する申立て」に関する委員会決定」がありますので、これで見てみました。この決定は、重大な放送倫理違反ありという勧告です。

 それで、理事会、経営委員会の議事録は、下記サイトにありますが、BPO決定があった平成27年12月分、改善取り組みを報告した28年3月分についてみてみたのですが、審議や報告がなされたことはありませんでした。

 ○理事会の議事録
 ○経営委員会の議事録
 
 編集に関することは、経営サイドでは扱わないのかな?と思って、議事を見てみると、番組内容について放送基準上問題ないかという「考査報告」を定期的にしていますし、「視聴者対応報告」もしています。
 放送基準は、放送倫理的な基準を含みますから、その点でのチェックは考査担当によって行われているということになりますから、看板番組についての重大な放送倫理違反や人権侵害の認定については、報告がなされてもおかしくないという気がします。

BPO決定にも頻出した言葉として、「編集権」というのがあります。
 放送局や新聞社には、編集権が認められており、外部の権力その他の勢力から独立して報道の自由を行使するということかと思います。
 ですから、裁判でも、番組の社会的評価はひどくて批判が多くても、名誉棄損の認定は抑制的になっているようです。NHKスペシャル シリーズ 「JAPANデビュー」が、台湾の住民から名誉棄損で訴えられたとき、最高裁はこれを結局認めませんでした。

■しかし、それでは、放送局や新聞社内において、誰が編集権を持っているのか?ということになりますが、以下の論文を読むと、経営側にあるようです。国会答弁でも、NHK会長はそのように答えていますし、経営委員もそのようなスタンスです。
 高裁、最高裁もそれが前提での判断になっているようです。

 ◎「NHK番組改編事件」と「編集権」

○2008年3月31日,参議院総務委員会
NHK福地茂雄会長
日本放送協会におきます編集権の行使権限といいますのは,日常業務,業務執行を総理しております会長としての私にあると考えております。しかし,この編集権は放送番組に関する責任と表裏一体の関係にございますので,通常,実際の運営につきましては放送部門の最高責任者でございます放送総局長に分掌をしております。したがって,個々の番組の制作者等,放送現場にはそういった編集権はないというふうに理解をいたしております。報道の自由は報道の主体となります報道機関が共有するものでございまして,したがって法人としての NHKに帰属するものと考えております。」

○2008年6月24日に開かれた NHK経営委員会
小林委員 先ほどの「ETV2001」の最高裁判決についてです。勝訴したことは喜ばしいことですが,これは NHKにも重い責任があることを示したものだと思います。(中略)つまり,放送事業体,すなわち法人としての NHKに編集権,自主的判断権があり,放送現場個々にあるものではないということです。したがって,NHKが放送する以上,法人の NHKとして,きちんと責任を持った体制で,内容を吟味して放送するようにということです。放送現場が独走して,法律や倫理に違反した番組を作らないように,しっかりした体制で,きちんとした番組を作っていただきたいという趣旨の判決だと思いますので,その点をよろしくお願いいたします。 
福地会長 おっしゃるとおりだと思います。記者や制作者はそれぞれ個人としての思想があると思いますが,NHKとして放送する以上は,ニュースや番組の内容は不偏不党でなくてはいけないと思います。私も,報道担当の今井理事もそのよう に考えております。」

 ただ、NHK番組改編事件」では、高裁は、経営側に編集権があることを前提とした上で、政治家の意向を過度に忖度して番組に介入したのは、編集権の乱用だという批判をしていました。

■他方、BPOでも、経営と制作者との関係について論点整理を行っていて、編集権の所在については、いろいろ議論がありそうです。
 朝日新聞社は、一連の不祥事を受けて、経営と編集の分離の方向性をだしているそうです。
 
 ◎「業務命令と制作者の自由をめぐる論点の整理」

 ◎「朝日新聞「池上コラム」問題でも注目 新聞社における「経営と編集の分離」の原則とは? 」

朝日新聞のように、社長が個別の記事について干渉した結果、社会的に批判を浴びることになったというのももちろん問題ですし、経営側が政治の介入を認めることも問題ではありますが、しかし他方で、NHKのように、現場のプロデユーサーが自分の思想に基づいて、独立愚連隊的に偏向的番組を作って、社会の批判を浴びるのを、経営側が放置するというのもまた問題でしょう。

 結局バランスの問題になるわけですが、仮に、「制作現場に編集権が一義的に委ねられているのだ」とのスタンスをとったとしたら、それを誰がチェックするのか?という問題が生じてきます。
 日常的なことは、放送局内部内部の第三者委員会的なところ(考査部門)が行うのでしょうが、外部組織としてBPOが自主的に設置されていて、視聴者側とトラブルになったときには、NHKも民放連も、ここに判断をゆだねるという仕組みになっているわけです。
 自分たちで作った自主ルールを、自ら破るというのは、自殺行為でしょう。

 今回、NHK(の放送現場)が、BPOの決定に従わないということになると、「現場の編集権に容喙を許さず」という意思表明に等しいですから、今後、NHKの組織自体の姿勢が問われてきます。NHKの組織としてのスタンスとしては、編集権は最終的には会長にあるということで、経営委員会も、社会から批判されるような問題番組にならないよう、しっかりやってほしい、ということですから、今回の大阪放送局の対応は、経営委員会でも問題となり得る事案です。というか、コンプライアンスの次元の話ですから、問題にしなければおかしいでしょう。
 BPOに、判断と改善取り組みの評価を委ねている分には、経営側がそれ以上に関与するのはどうか、ということはあると思いますが、現場が明確に自主ルールのBPOの判断を拒否したわけですから、経営が出て行かざるを得ない構図になってしまいます。
 三木弁護士が言っていたのは、そういうことでしょう。NHK番組改編事件」の教訓を忘れたのか?という問いが念頭にあるのではないかと想像されます。