【備忘】桂不正調査委員会の2人の検事出身弁護士氏について
ちょっと話がそれるのですが、STAP細胞の不正調査委員会の委員の中の弁護士出身委員について、備忘的に書いておきたいと思います。
石井調査委員会の渡部惇氏は、検事出身者で、「改竄」「捏造」の定義を本来のものからかけ離れた解釈をすることによって(しかもその解釈について、小保方氏弁護団から要請があっても事前に示さなかった)、本来、「研究不正」の定義には該当しない小保方氏の行為を、それに該当するとして、公式に捏造・改竄認定したことで、大きな混乱を招くことになったことは、繰り返し述べた通りです。
それで、桂調査委員会では、前面にはほとんど登場しませんでしたので、意識したことがありませんでしたが、よくよく見てみると、2人いて、いずれも高名な、やはり東京地検特捜部の検事出身の人でした。
調査報告書に名前が書かれていますが、大森一志氏と五木田彬氏でした。
http://www3.riken.jp/stap/j/c13document5.pdf
Googleで検索してみると、中央省庁関連のコンプライアンスや不正調査関連の委員や委員長と、社会的に問題となった事件の被告側の弁護人になっている例が目につきます。
◎五木田彬弁護士
外務省機密費流用事件での元外務省要人外国訪問支援室長の代理人
山田洋行事件での防衛事務次官への贈賄側の中心の元専務の代理人
法人税法違反(脱税)事件に関する教唆での訴追事件の被告代理人
◎大森一志弁護士
いずれも、社会を揺るがした事件の被告代理人になっていることは興味深いところがあります。別にそのことは何ら問題があるわけではなく、東京地検特捜部の検事出身であれば、訴追側の論理や思惑、内情等に詳しいので、弁護の上で大きな味方になるだろうとの判断からの依頼に応えるのは、弁護士としての正当な業務です。
東京地検特捜部のヤメ検の中には、どうかと思われる例もあり、『ヤメ検―司法エリートが利欲に転ぶとき』 (新潮文庫)には、裏社会と結託しているような者の事例も多数紹介されています。あるいは、第三者委員会を自らの名声を高める場として利用しようとする者もいます。
五木田弁護士や大森弁護士は、同じヤメ検であっても、そういう類いのことには無縁だろうと思います。
さて、そういった知見と経験とをお持ちの五木田、大森の両弁護士ですが、桂調査委員会では、何が期待されて委員となったのでしょうか?
それは、おそらく間違いなく、小保方氏側からの訴訟に備えてということだったのではないかと思います。
石井調査委員会での捏造・改竄認定の調査報告に対しては、不服申立てがなされ詳細な問題指摘がなされたとのを受けて、交代して委員長になった渡部弁護士が、それこそ驚天動地の論理立てで、当初判断を維持して不服申立てを却下したという経過でした。この時の理研のとっての「苦い教訓」を踏まえて、そうならないようにアドバイスするということが、両氏に期待された役割だったのだろうと想像しています。東京地検特捜部の検事出身者としては名の通った弁護士を二人も委員にするというのは、理研に相当危機感があったことの表れでしょう。
結果としては、そもそも訴訟になるような構図にはなりませんでした。これは、次の2つの理由によります。
①2件の不正認定はしたものの、ES細胞混入者という世間に最大の関心には、故意を強く滲ませたものの、過失の可能性もあるとして、判断を見送ったこと(=名誉棄損の余地がほぼなくなったこと)。
②小保方氏は検証実験終了時点で退職したため、懲戒処分に関する申立ての余地がなくなったこと。
この点に、弁護士委員のアドバイス等があったのか、それとも成行きでそうなったのかどうかはわかりませんが(おそらく後者でしょう)、結果として、彼らの出番はなくなったということだろうと思います。
しかし、本来の仕事はそういうことだけではなく、調査委員会の運営が適正なものになるように配慮をし、采配するということが、弁護士委員に求められていることだったと思います。石井調査委員会の渡部(後継)委員長の采配は、それこそ東京地検検事の行動パターンであり、「何としても立件に持って行く」という発想に出でたものだと感じます。その結果が、あのあり得ない「研究不正」の定義解釈による「立件」ですから、悪しき事例のひとつとなったことは否めません。
桂調査委員会では、それとは次元が異なり、そもそも委員会運営の基本的なところで破綻していました。調査するべき相手(いわば被疑者)の若山氏を調査側に位置付けて、若山研とその保有試料の保全もせず、若山氏の提供マウスの説明を所与の前提とした遺伝子解析によって、結論を導いています。キメラマウスや胎盤の切片など、重要試料の分析もしていません。
不正調査の結論を出すためには、その前提として、徹底した事実解明を通じた事実認定が必要になります。ところが、桂調査委員会では、それがほとんど行われませんでした。事実解明は制約された状況下ではなかなか難しいということはわかりますが、それでも、若山研での研究実態を追求していけば、可能性の選択肢は幾つか想定できたはずです。しかし、それでは、「ES細胞混入はほぼ確実」という結論シナリオに持って行くことができませんし、時間的にも猶予がありませんでしたので、若山氏の説明を所与のものとして「事実認定」してしまったということでしょう。
以前にも書いていますが、本来は、早稲田大学の小保方氏博論の不正調査委員会での小林弁護士(委員長)のように、事実解明を徹底して追求し(ハーバードまでインタビューに出向き、関係した教授らからヒアリングを重ね)、生物学の専門家の委員らと連携して、考えられる反証可能性をリストアップし、それらについて評価していく、という進め方でなければならなかったはずです。
しかしそうはならず、早大調査委とは対極の、基本的要請への対応が欠如した調査運営でした。その点で、高名な弁護士の方ではあっても、果たすべき責任を果たしていなかったと言わざるをえません。
どうも感じるのは、検事出身の弁護士氏は、公正運営とかデュープロセス(公正手続きの確保)といった点には必ずしも敏感ではないのではないか、ということです。東京地検特捜部ですから、警察での捜査が先にあってということではなく、重要案件について一からの独自捜査による立件が彼らの仕事ですから、拘留の限られた時間内に、何としても立件に持って行く、そのために証言、証拠を固める(「被疑者を落とす」)、そのためには少々無理をするのは当たり前という世界ですから、弁護士に求められる人権確保、公正手続きの確保といった点については、感度、発想が十分とは言えない面があるのではないかと想像されます。もちろん、限られた短期間に被疑者から自白の調書をとるに当たっては、佐藤優氏が語っているごとく、人間対人間の勝負のようなところがありますから、それはそれで独自の優れた資質なのでしょう。
そうではあって、桂調査委においては、その運営の基本的なところが担保されておらず、中身に入る以前に破綻しているということについては、2人の高名な弁護士氏がついていながら・・・ということは、残念な限りです。
・・・そうでした、東京地検特捜部に、鈴木宗男事件の関連の背任容疑で逮捕された佐藤優氏に対するイメージは、この『国家の罠』の一書を上梓したことで、一変したのでした。佐藤氏の今あるのは、この『国家の罠』での詳細な経緯説明があったからでした。
それと同様に、STAP細胞事件において、世間一般で捉えられていた基本的構図の印象を大きく変えたのが、小保方氏の手記の『あの日』だったと思いますが、その佐藤優氏は、なぜか小保方氏の手記に対しては、ろくな理解もせずにコメントしているのは不思議です。彼の知性であれば、理解できると思うのですが、文藝春秋のノンフィクション賞を受賞した『捏造の科学者』の選考委員となると、そうもいかないのでしょうか。
ちなみに、その基本的構図の件ですが、その流れを把握していないと、木星さんの、ヒト細胞を使ったSTAP細胞実験に関する記事は理解しにくいのかもしれません。それは、STAP細胞・幹細胞実験における若山氏の関与・役割、主導性等に関するものです。次回記事で書いてみたいと思います。