理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

2 BPOヒアリングにおけるNHKの主張の問題点について(2)

続き)

■ 申立人が、視聴者に伝わったのは申立人によるES細胞の窃盗疑惑である、と主張している点については、「盗んだかどうかはわからないが、ファクトとして留学生のES細胞がそこにあったことを伝えた」「番組では、アクロシンが入ったES細胞の話はいったん終わって次の新たな事実について述べるとコメントし、新たな話を始めるとの意図をもって映像も理研の外観を出した」「この部分は時間としてはつながっているが、科学的な側面と管理状況の側面を並立させて見せている」と主張した。
 
【コメント】
 放送倫理や人権侵害の認定の上で問題となるのは、「小保方氏が盗んだ」という言葉が使われているかどうかに関わりなく、番組の流れ、演出等から総合的に判断して、そのような印象付けがなされているかどうかという点にある。
 番組の流れは、次の記事の冒頭に記した通りである。
 
流れとして、番組の冒頭から、小保方氏の「捏造」を印象付ける演出となっている。「不正な論文がなぜ出されたのか」→「九大中山教授らの分子生物学会メンバーらが論文を分析したところ、7割以上の画像、データに何らかの疑問が見出された。」→「うっかりミスではすまない」「こういうのはありえない」との発言。→「小保方氏は、CDBの奥まった場所で一人、作業をしていた」(場所をクローズアップ)。
 
 更に続いて、「(キメラ)実験に成功した際の実験や基の細胞をどう作製したかの記述がない」、ハーバード大学教授の談として、「トライしたが失敗。今は、緑に光るのは死んだ細胞だと思っている」旨のインタビュー。若山氏へのインタビューとして、「小保方氏に渡したマウスとは異なる。小保方氏が若山氏に渡した細胞には、アクロシンGFPというSTAP研究には必要ない遺伝子が含まれていることが判明。若山氏は、思い当たるところあり。アクロシンGFPを組み込んだマウスからES細胞を作って保管していた。」「小保方氏は混入を否定」
 
 このような流れの中での、問題の小保方研の冷蔵庫での容器映像の場面に入っている。
 そもそも番組の最初から、小保方氏はES細胞捏造という意味での不正を働いたという印象付けを行って、それに合うような材料を並べてきておいて、しかも、若山氏の上記インタビューの直後に持ってきている以上、その意味するところは、「小保方氏が盗んだ」という以外に解釈しようがない。
続けて、「小保方研の冷凍庫のチューブの中身はES細胞。若山研の留学生が作ったもの。山梨大に持っていくはずだったもの。」→留学生「私が直接渡したものではない。なぜ小保方氏の元に?」→「容器の細胞からは、STAP細胞とは異なる遺伝子が見つかった。ESでは?」という流れにしているのだから、それは、「留学生が作製した大事なES細胞を小保方氏が盗んで、STAP細胞実験にも使い、自らの冷凍庫に入れておいたもの」というメッセージを番組が伝えようとしてことは明白である。
 
 小保方氏は、既に「冷凍庫の中身は、若山研が移転する際に引き継いだもの」との説明を行っている。NHKが事実関係を伝えるというのであれば、まず、理研の物品管理当局に対して、この小保方氏の説明の裏を取るということが、初動対応のはずである。NHKはそれを行ったのか? 若山研移転準備中から、移転後に小保方研が物理的に整うまでの約7カ月間、この冷凍庫とその中身はどこに保管されていたのか。若山研移転時、保管時、小保方研発足時に、それぞれ理研の物品管理当局は冷凍庫の中身をチェックし把握していたのか。小保方研の封鎖と試料保全時に、その中身はどのようになっていたのか。それらの取材と事実関係の把握の後に、小保方氏の説明と矛盾があるのであれば、それを究明するというのが、調査報道のあるべき姿勢であるはずである。一般人による情報公開請求によっても明らかにできるのであるから、取材でそれを明らかにするのは容易なはずである。一般的に、研究室を移転する場合には、ジャンク細胞が多数残されるというのは周知のことであり、そのような一般的常識を伝えないままにあのような伝え方をするというのは、特定の印象付けを目的としていると解釈されうる。
 また、留学生のES細胞についても、理研当局と若山研とに対して基本的事実関係をまず取材すべきである、留学生の研究予定はどうだったのか。そのES細胞も移転予定だったのか。移転時にそれらは存在したのか。研究試料提供契約書(MTA)にはどう記載されているのか。これらの裏付け作業は、調査報道という以上、初動対応のはずである。
 
 本件については、その後判明したことからしても、不可解な点が多すぎる。
 留学生のES細胞の「紛失」時期と、STAP細胞作製実験の時期とは全くリンクしない。それは、NHK自身、分かっていたはずであるし、分かっていなかったとすれば失格である。分かっていてあのような演出をしたのであれば、「小保方氏は留学生のES細胞も盗むような人間だから、若山氏の実験で渡した細胞も別のES細胞を盗んだものに違いない」という印象付けを狙ったものと解釈できる。問題となっていたSTAP細胞の有無、論文の不正の有無の観点からは、留学生のES細胞は何ら関係ないのであるから、あの流れの中で挿入する意味がない。
 また、留学生のES細胞を山梨大に持っていく予定であったのであれば、MTAに記載されていて然るべきであるが、まず最初に作製されたMTAである41日のリストにはそのような記載はないことが、情報公開請求によって明らかとなっている。最初の小保方研冷凍庫保全リストの作成日は514日であり、週刊新潮によれば、このリストが山梨大に送られ、このとき初めて若山氏は李氏(=留学生)のES細胞が自分の手元にないのに気が付いたとされている。もしそれが必要なものだったのであれば、その時点で追加でMTAのリストに加えるはずであるが、追加的に作製された825日付のMTAリストには記載されていない。
 あるいは、この週刊新潮の情報通りでなかったとしても、もしあるべきはずのものがないことに気が付いたのであれば、その時点での管理者が理研であれ若山研であれ、紛失届なり盗難届を出すのが、財産管理上求められる手続きのはずである(後に告発した石川氏によれば、数千万円の価値があるということであれば尚更である)。しかし、それらの手続きはなされていないことが明らかになっている。
 そして、翌年1月の小保方氏に対する窃盗容疑での告発(留学生のES細胞も含まれる)についても、2ヶ月後に実質的に不受理となり、被疑者不明での受理後の捜査を踏まえて、神戸地検は、「事件の発生自体が疑わしい事案である」との異例のコメントをつけた上で、嫌疑不十分により不起訴としている。このコメントからすれば、「窃取=他人が占有する財物を、占有者の意思に反し、自己又は第三者の占有に移転させる行為」があるとは認められなかったということを意味しており、占有の意思を持っている者がいなかったこと、小保方氏らによる占有を移転させる行為は認められなかったことを意味している。これは、紛失届も盗難届も出ていなかったことらからしても、自然に想定される帰結である。
 以上の一連の事実はすべて、小保方氏側の、不要な細胞として若山研から引き継いだものとの説明と整合し、これを支持するものである。


 NHKは、これらの事実関係を取材すれば、そのような結論は容易に導けたはずであり、にも拘らず、それらの基本的取材もしないままに、小保方氏が留学生のES細胞を盗んだかのような印象付けをする演出をしたことは、冒頭からの一連の流れからもわかる通り、「小保方氏は、ES細胞を盗んだ上で捏造した」というイメージ形成を意図したものと解釈せざるを得ない。そして、上記のような諸材料について基本的取材をしさえすれば、「小保方氏に説明してもらいたい」として、英国のパパラッチを彷彿とさせるような、ホテルという公共空間においてまでも小保方氏を追い込み、心身に痛手を負わせるような取材は、初めから不要だったのである。
 
 また、留学生に対する電話取材の状況も不可解である。なぜ留学生のES細胞だとわかったのか? どうやって留学生の電話番号を知ったのか? 留学生は、なぜ中国にいながら、電話のみで、自分の作製したES細胞だと分かったのか? 留学生が自分のES細胞だと識別するメルクマールは何だったのか? 留学生はいつ若山研から中国に帰国し、いつ山梨大に来る予定だったのか? これらの諸点についての説明がなされていないが、実験ノートや電子メールが、理研の内部関係者(特に不正調査担当の職員)からNHKに漏洩されていることは確実であるから、この留学生に関する情報や小保方研の冷凍庫内のES細胞の存在の情報も同様に、理研の内部関係者が情報源であると考えられる。
 しかし、理研関係者であれば、留学生のES細胞について紛失・盗難届は出ていないこと、山梨大に移転するリストのMTAにも記載されていないこと、若山研移転前後から小保方研発足までの冷凍庫とその保管内容についても、知っていたはずである。にも拘らず、留学生のES細胞が盗まれたかのような印象を強く与えるような放映がなされたということは、そのようなバイアスのかかった情報をNHKに与えていた可能性が推定される。


 各種の知財権に密接な関わりのある実験ノートや、プライバシーや著作権上尊重されるべき電子メールを、その高度な守秘義務に違反して、いとも安易にNHKに漏洩している理研関係者は、小保方氏や笹井氏、そしてSTAP細胞に対して悪意を持って、一定の方向に誘導しようとする意図を有していると推測される。小保方氏の冷凍庫内の試料の情報を、留学生に関する情報とともに流していることも、その一環であると考えられる。
 NHKにおいても、上記に縷々述べた如く、基本的事実関係を明らかにするための諸材料についての基本的取材もしないままに、バイアスのかかった報じ方をしていることと考え合わせれば、NHKスペシャルの放送倫理違反と人権侵害となる演出、構成は、情報提供者である理研関係者とNHKとの合作に近いものと言っても過言ではない(この点は、別途、高度な守秘義務に違反した情報漏洩に依拠した番組企画、編成の妥当性という観点から別途述べる)。
                                  


■ 笹井教授とのメールの公開については「当該のメールは理研の調査委員会に提出された公の資料で、笹井教授本人が実験における自らのかかわりを説明するために提出したものだ。一連のSTAP細胞の件では、発表されたことが二転三転することも多々あり、その中で我々が重要と考えたのはとにかく事実を提示することだった。メールのやり取りは笹井教授が論文作成に確かに関わっていた明確な証拠だ」と述べた。
 
【コメント】
 笹井氏と小保方氏との間で交わされたメールについて、NHKは、「調査委員会に提出された公の資料」だとしているが、公の資料だということは、NHKが自由に公開し報道してもいいということにはもちろんならない。むしろ、不正調査への協力を目的に限定して提出されたものであって、外部に流出し公開されることを想定しているものでは当然ない。調査委員会側としても、高度の守秘義務を負っているものであり、これを外部に流出させたことは、刑事面、組織の内部統制面の両面で違反行為を行っているものであり、不正調査が不当な運営がなされ重要情報が隠蔽される動きがある等の事情がない中では、公益通報的位置づけで正当化される余地は全くない。
 民事事件において、マスコミの記者の取材源の秘匿は、国民の知る権利に資するものとして、「職業上の秘密」として原則認められる最高裁判例があるが、全く無制約に認められるものではない(証言拒絶が認められるのは,「保護に値する秘密」についてのみとしている。その事件で対象となったのは企業の所得隠し)。刑事事件においては新聞記者に証言拒絶権は認められていない。


 報道の自由、取材の自由は尊重されるべきではあるとしても、その報道内容の意義と、他者の権利や法益との関係は、慎重に検討されるべきあって、そのような検討がなされないままに、安易に特権にあぐらをかき、他者の権利等との衡量を無視するが如き姿勢は報道倫理的に問題である。
 特に、今回問題となっているのは、笹井氏と小保方氏との間のメールのやり取りである。これがもし、両者で捏造、改竄等の謀議をしていた等の研究不正を行っていることの証拠として報じるのであれば、公益的必要性は十分に認められ、その報道に問題が生じることはないであろう。
 しかし、ここでメール内容を報じたのは、二人の不適切な関係を印象づけるような材料としてであって、男女のナレーションまで用いて演出しているような、公益とは無縁の代物である。放送以前から、週刊誌等で、不適切な関係を印象づけるような報道がなされている中でのあのナレーションであり、下賤な関心に答えるものとして演出されたと採られても仕方がない。
 
NHKは、このメールのやりとりを報じた目的として、「笹井教授本人が実験における自らのかかわりを説明するために提出したものだ。」としている。しかし、それであれば、笹井氏本人が、4月の記者会見の中で自らの関わりを説明している。自分が全体を俯瞰する立場で、論文投稿のための最終段階の支援を論文の書き直しに協力した旨を説明し、何をして何をしていないかの事実関係を明らかにしている。
 
その説明に、事実に反するものがあったということは、今に至るも皆無である。
NHKは、「メールのやり取りは笹井教授が論文作成に確かに関わっていた明確な証拠だ」とするが、笹井氏が、論文作成に関わっていないなどという話は誰もしておらず、関わったことは当然のものとして、本人からも説明がなされている。
論文作成における笹井氏と若山氏の関わりについては、自己点検委員会報告書での認定内容がむしろ事実に反していることが、明らかになりつつあるが、ここではそれは措くとして、番組におけるあのメールのやり取りは、小保方氏が相談に行くこと、双方が信頼関係を有していること以上の情報はなく、それまでの笹井氏の関わりが事実と異なることを明らかにするような要素はどこにもない。
そのような中で、わざわざ男女のナレーションにより、両者の親密そうな雰囲気を醸し出すような演出は、その当時週刊誌等で流れていた不適切な関係を強く印象付けることを目的としたものと考えざるを得ない。

メールには、当然著作権著作者人格権があるし、プライバシーの保護は尊重されるべきである。職場の電子メールにおいても、企業・組織の運営上必要な範囲で管理者による一定のチェックは認められるが、プライバシーは尊重されなければならない。小保方、笹井両氏のメールのやり取りは、業務上のものであるから理研の管理当局が閲覧等はできると思われるが、それを外部の者が入手し不特定多数の視聴者に提供することはプライバシー侵害となり許されない。
そして、電子メールは、著作権著作者人格権の対象である以上、公開の可否、複製(+公衆送信=放送)の可否は、その作成者である小保方氏と笹井氏とにあり、その許諾なくして、公開、放送することはできないことは、報道に従事する者の一般常識として理解されているはずである。
あの放送内容からすれば、報道に利用するための許可例外に当たるような対象では全くない。
さらに、「名誉・声望を害する形での著作物の利用」という著作権侵害みなし行為(著作権法第113条) にも該当することに明らかである。

                         続く