理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

1 BPOヒアリングにおけるNHKの主張の問題点について(1)


 BPO531日臨時会合でのNHKへのヒアリング概要が、15日に公開されました。
 
 また、これに合わせて、426日の臨時会合での小保方氏側へのヒアリング概要も、詳細版がアップされました。これまでは、ヒアリングした事実と、NHKヒアリングは延期になった旨のみが記載されていました。
 
 いずれも、5~6時間に及ぶヒアリングであり、事前に示された論点に即して、主張を述べたものと思われます。特にNHKは、熊本地震取材を名目にして延期依頼をし、実に40日間近い準備期間を確保したのですから、反駁内容もいろいろ用意したのでしょう。小保方氏側は、419日会合でヒアリングが決まり、426日に実際にヒアリングを行っていますから、実質的な準備期間は1週間もなかったことになります。それと比較して、NHKの準備期間はその7倍近くもあったことになります。
 正直な印象としては、議事録掲載の範囲では、小保方氏側、NHK側とも、やや総論的、抽象的な感がないでもないですが、実際にはその主張を裏付ける各種材料なども提示されているのだろうと思います。
 いずれにしても、ヒアリングした事実を大きく扱うとともに、これだけ細かに論点ごとの双方の主張を紹介していることは、BPOとしても、本件を社会の大きな関心事項として認識し、慎重に審議していることを伝えたいとの姿勢の現れだろうと感じます。
 議事録の公開が少し遅れたことも合点がいきました。
 
以下、NHKの主張に対して、順次コメントしていきます。
 
■ 番組の制作意図としてNHKは、「当時はSTAP細胞の存在や、その正体がES細胞なのかどうかも確定していなかった。STAP問題は真相が明らかにならないまま、幕引きが図られる恐れがあった。こうした状況の中、この問題をしっかり検証し再発防止への一助となっていくことがジャーナリズムの重要な役割と考えた」と述べた。
 
【コメント】
「真相が明らかにならないまま、幕引きが図られる恐れがあった」というのは、明らかに事実に反する。
理研が追加的疑義について調査しないままに幕引きを図ろうとしていたのは、第一次調査委の結論を以てそれ以上には調査しないとの方針を示していた時点でのことである。「STAP細胞の存在」については、そのような中でも、第一次調査委報告書公表と同時の41日付けで、検証実験による検証作業を開始するとの発表を行い、47日には相澤氏、丹羽氏を各総括、実施責任者として、具体的な実施計画を公表している。
 また、第一次調査委でカバーされていない疑義についても、630日付けで調査開始する旨発表している。その際、小保方氏も検証実験に参加することが決定され公表された。
 
 NHKは、「STAP細胞の存在」を含めて、「真相が明らかにならないまま、幕引き」云々と述べるが、理研が決めたSTAP現象の有無を確認するための検証実験(再現実験)の実施に対して、分子生物学会やマスコミは、科学的疑義の解明が先決であると否定的にみていた。特に、小保方氏が参加しての検証実験の実施には、税金の無駄遣いだとして学会は理事長声明まで出して強硬に反対し、特に小保方氏の参加に対しては、研究不正調査に関する文科省ガイドライン理研の規程により、権利として保障されているにも拘わらず、その存在さえ知らないまま厳しく批判し、検証実験の凍結まで要求した。
 このような流れを見れば、検証実験に反対することにより、「STAP細胞の存在」についての「真相解明」を阻止しようとしたのは、むしろ学会側及びその声明等を肯定的に報じたマスコミなのであって、理研ではないことは明らかである。
 
 理研によるSTAP細胞の存否を巡る真相解明、論文に関する科学的疑惑解明のために、理研当局と平行してNHKが調査報道的に報じることはもちろん否定されるものではない。しかし、「STAP問題は真相が明らかにならないまま、幕引きが図られる恐れがあった」との主張は、あたかも、「理研側は真相を隠そうとしていたので、その隠蔽工作をマスコミの使命として暴き、理研内部からの公益通報的情報を明らかにすることによって、国民の知る権利に資することとしたのである」といった構図に持ち込み、保秘されて然るべき情報の番組での不適切な公開を正当化しようとしているように思われるが、そのような構図は事実経過からして明白な間違いであり、正当化できるものではない。
 その正体がES細胞なのかどうかも含めて、「この問題をしっかり検証し」ようとするのであれば、(本来被調査側である)若山氏の主張や、理研内部からのリーク等のみを一方的に流すのではなく、科学的論点を公平に紹介して、視聴者の判断材料に供することが責務だったはずである。


 
■ 「調査報道なので、11歩、11つ事実を掘り起こして、あの時点で私たちが事実としてつかみ、そして客観的にも紹介できると思ったもので、これはやはり提示しておくべきではないかと判断したものについて番組の中で触れた」
番組が若山教授の言い分に偏っていて公平ではないと申立人が主張していることについては、「様々な疑問を申立人と若山教授のいずれにも向けて取材を続けてきた。常に若山教授が述べていることに矛盾はないか、どこまで客観的に証明できるかを念頭に置いて取材を進めた。ES細胞の混入の可能性について、申立人、若山教授、いずれの考えもそれぞれきちんと伝えている」と述べた。
 
【コメント】
STAP細胞の存在や、その正体がES細胞なのかどうか」等を含めた「STAP問題の真相」を明らかにしようとするのであれば、基本的事実、材料として、笹井氏や丹羽氏がそれぞれ4月の理研の公式記者会見で述べた「ES細胞では説明がつかない」とし、笹井氏はそれを以て、「依然としてSTAP細胞仮説が最有力である」旨主張した諸材料についても紹介し、両氏も含めた関係者に取材した結果も交えて報じるのが、調査報道としての基本的な初動対応のはずである。しかし、番組ではそのような紹介は皆無であった。
 小保方氏自身、20144月の記者会見において、
「オプト4の陽性が胎児側と胎盤側、両方に両方にコントリビューションするという科学的な特徴を持っていること。またES細胞とは異なり、培養中、培養環境を変えない限り、増殖機能が非常に低いこと。そうした特徴を持っているので、その辺がSTAP細胞の科学的な特徴であるかと認識しております。」
として、ES細胞のコンタミはないと判断している旨質疑の中で回答している。

さらに、若山氏自身も、310日の論文撤回呼び掛け以前において、ES細胞の場合との差異まで挙げて、ES細胞混入では考えられない旨を具体的根拠を挙げて指摘していたことや、自分自身で、マウスの選択とSTAP細胞の作製の一から取組み、STAP幹細胞作製までの一連の実験に成功したことがある旨を各マスコミのインタビューで繰り返し述べていたが、これらは若山氏の主張の矛盾点になり得るにも拘わらず、その点を若山氏に取材した様子は一切見られない。

また、STAP細胞否定論者においてさえ、恣意的な操作が不可能なライブセルイメージングにおいて、緑色発光が最初は光らず、徐々に発光していくことについて、ES細胞では説明がつかない疑問点として提示していたにも拘わらず、そのような材料について一切触れることはなかった。
 
 このように、ES細胞混入との見方とは整合性が取れない材料は多々あったにも拘らず、それらに言及することはなかった。それどころか、NHKは、番組の最後の方で、自己点検委の鍋島委員長を登場させ、「笹井氏はこの一件のことですべてを失った」と述べさせている。そもそも、STAP現象の有無の検証のための理研の検証実験(再現実験)が本格的に始まるのはまだこれからというと時点で、根拠もなく、なぜ笹井氏のことを全否定するに等しい発言を挿入したのか、理解に苦しむ。

 自己点検委は、3月の発足準備時点から、石井調査委の調査結果が出ていない中で、ES細胞による捏造という暗黙の前提に立ち(その後出た石井調査委の「不正」との調査結果も、STAP細胞がES細胞による捏造だという趣旨のものではまったくなく、その点は不明だと公式に説明しているにも拘わらず)、報告では、(STAP細胞自体が捏造だという意味での)不正を生む理研CDBの組織的欠陥が背景にあると断じ、毎日新聞に積極的にリークすることによってその提言を大きく扱わせようとしたというように、政治的色彩が色濃くにじみ出ている組織であり提言でもあった。
  実質的とりまとめまでの期間も極めて短かったし、小保方氏への事実確認もなされず、その主張も却下されるなど、運営も公正手続きを欠くものであった。また、
 遠藤氏の解析についても、自己点検委の検討がなされているはずの519日に、外部有識者から「内容はほぼ再現でき、その意味では正しい。しかしながら、その解析結果をもってSTAP細胞=ES細胞と結論づけることには無理があると思われる」との報告を受けた」(モニタリング委報告書)にも拘らず、これに触れることは一切なく、それが明らかにされたのは、桂調査報告書も出されて落着させたのちの、昨2015年2月であった。これほど重大な情報を封印したまま報告書をまとめたことは、その公正性、客観性の点で極めて問題があると言わざるを得ない。鍋島委員長の、STAP細胞、笹井氏の全否定に等しい発言も、このような公正さや客観性を欠く委員会運営、報告内容の延長だったと解釈される。
 
 その自己点検委報告書をもとに作られた改革委提言は、「科学的疑問を解明するための不正調査を実施せよ」「小保方氏も参加させて再現実験をさせよ」と提言する一方で、後に間違いであることが判明する若山氏や遠藤氏の主張をアプリオリに正しいものとして採用し、「前代未聞の不正」「世界三大不正」と断じるという全く論旨が一貫しない文書であった。

 「11歩、11つ事実を掘り起こして、あの時点で私たちが事実としてつか」んだものを客観的に紹介し、真相解明を追求しようとするのであれば、それらの自己点検委や改革委の報告、提言等の内容の飛躍やおかしさにはすぐ気が付くはずであるし、笹井氏の、ES細胞では説明できない多くの事象をもとにしたSTAP細胞仮説が最有力仮説である旨の主張に何ら言及しないままに、「笹井氏はこの一件のことですべてを失った」と述べさせることがいかに不適切であり、一方的な印象形成になってしまうかを認識できたはずであるし、認識すべきであった。
 遠藤氏の解析に関する外部識者の否定的な報告を、取材過程で得ることができなかったということも遽には信じ難い。
 

 また更に、ハーバード大の教授に、「緑色発光は、死細胞の自家蛍光だと考えている」と、さらりと述べさせている。自家蛍光の可能性については、当初から巷間指摘されていたことであるが、このハーバード大教授のコメントでそれを権威づけることにより、正しいかのように印象付ける効果をもたらしている。
しかし、この点はSTAP細胞の有無を論じる場合の重要な科学的論点であり、小保方氏は、4月の会見時での質疑応答の中で、自家蛍光ではないことを確認している旨明言している(赤色フィルターによる確認を行っていた)。笹井氏も4月の会見で、死細胞の自家蛍光ではないことを、FACSによって確認している旨、前掲の説明資料にも明記していた。STAP細胞の有無、ES細胞の混入可能性等の真相解明のために取材しているのであれば、このFACS等による確認の事実の紹介とともに、その当否についての取材結果も含めて報じるのでなければ、重要な科学的論点について公平に報じたことにならない。

 しかし、NHKはこの死細胞の自家蛍光について、その後、昨2015324日のニュースにおいても、調査委のヒアリング内容を恣意的に編集し、あたかも小保方氏が自家蛍光の可能性について何らの確認も行わなかったかのような印象形成がなされるように報じ、小保方氏弁護団から抗議を受けている。
同ニュースは、NHKスペシャルの制作に加わった科学部記者と同一人物によるとの事実を考え合わせれば、NHKスペシャルもまた、自家蛍光の可能性について小保方氏をはじめ著者らが何らの確認も行わなかったかのような印象形成に誘導しようとしていたと推定される。

なお、後に理研広報室は、取材に応じて「自家蛍光の特色として、「死滅発光はだいたい1時間から3時間くらい」と回答している由である。それであれば、数日後から発光を始めるSTAP細胞塊のそれは、そもそも自家蛍光では説明できないことになる。このような基本的取材を欠いたまま、自家蛍光を誤認したかのように報じるのは著しく不公正である。
 
 また、そもそも、緑色発光が死細胞の自家蛍光なのであれば、ES細胞の発光ではないということになる。結局、自家蛍光説とES細胞の混入説という両立しない材料を、何らの説明もなく報じるということは、科学的論点を極めるという調査報道とは到底言えず、STAP細胞に否定的な印象を形成すること自体が目的だったと解釈されてもおかしくはない。
 
更に述べれば、TCR再構成の有無について、「これがあるとないとでは、根底から話が違ってくる」という形で言及し、巷間言われていたような、STAP細胞否定の決定打であるかのように言及している。この点に関して、笹井氏へのメール取材の結果(否定材料にはならない旨のもの)を紹介してはいるが、番組のその前後の流れと、「根底から話が違ってくる」といったナレーションからすれば、小保方氏らが根底から間違っていたかのような印象を与えることは明らかである。
この論点に関しては、丹羽氏や笹井氏は毎日新聞の取材に対して、詳細に科学的にニュートラルな様々な可能性の説明をしている。しかも、小保方氏が作成したSTAP細胞についてはTCR再構成が認められており、それが認められなかったのは、若山氏作成によるSTAP幹細胞についての話であることも明確に説明しないまま、その問題が全否定の証拠であるかのような印象付けを行っているのであり、これでは科学的調査報道と呼ぶことはできない。
 
 
■ 申立人がマウスの取り違えの可能性に触れずにES細胞混入を指摘したと主張する点については、「番組では若山教授が語った『僕の方に何か間違いがあったのか』というコメントを紹介している。これは若山教授がマウスを渡し間違えたか、と言っているわけだ」「若山教授の歯切れの悪い様子もそのまま伝えており、どちらとも断定していない番組にきちんとなっている」と述べた。
 
【コメント
 そもそも、NHKスペシャルが放映された2014727日時点で、理研改革委提言にも援用され、STAP細胞論文の撤回の決定打となったと捉えられていたのは、若山氏による「若山研究室になかったマウスに由来する」という主張であった。マウス管理を行っていたのは若山氏(と管理担当の若山夫人)であるため、その主張を覆す材料もなかったがために、その旨を論文撤回理由の主たる理由として撤回のやむなきに至ったという経過であった。若山氏が6月に開いた会見では、この点が「第三者機関による解析」という「客観性」の印象を持たせた形で強調され、更に、「ポケットにマウスを入れて研究室に持ち込むことは可能」との若山氏の発言と合わせて、これらが世間一般や科学界での、「STAP細胞は捏造」との強い印象を形成したものであった。
ところが、その解析が実は間違いであり、若山研にその系統のマウスは飼育されていたことが明らかとなって、若山氏が訂正する動きを見せ始めていたのは、第一報が朝日新聞によって75日に報じられて以降であり、711日時点では毎日新聞等によっても若山氏への取材がなされ、間違いであったことを認めて訂正する旨が報じられていた。そして、ネイチャー誌への論文撤回理由の書き換えをめぐる混乱についても、同時に報じられていた。しかし、若山氏は6月の会見のような形での訂正会見を開く意向はなく、山梨大のHPにおいて、8月になってから密やかに訂正したのみであった。
 
 このようなSTAP細胞及び小保方氏にとって、決定的に不利であるかに見えた材料が社会に強烈に印象付けられていたにも拘わらず、実は間違っていたということについて、7月27日放映のNHKスペシャルでは、取材の十分な時間的余裕がありながら、一切言及することはなかった。番組予告があった時点で、そのことは他のメディアでは報じていたのだから、当然その点についても言及するだろうと考えるのが一般的受け止め方だと思われるが、NHKはこれを一切無視し、若山氏の「自分が渡したマウスとは異なる」という主張にすり替えたのである。
 
NHKは、「番組では若山教授が語った『僕の方に何か間違いがあったのか』というコメントを紹介している。これは若山教授がマウスを渡し間違えたか、と言っているわけだ」と主張するが、しかし、当時、決定的と捉えられた「若山研究室になかったマウスに由来する」という主張が間違いだったことに触れないままに、「自分が渡したマウスとは異なる」という主張をそのまま報じているのだから、マウスの取り違えの可能性が現実にあった可能性を若山氏が認めているわけではないことは明らかである。

マウスの取り違えの可能性は現実にあり得たわけであり、実際、NHKスぺシャルの1か月近く前に、理研の実験用マウスを国内外への提供する専門機関であるバイオリソースセンターにおいて、誤ったマウスを提供し、41機関での研究に支障が生じた旨が報じられていた(朝日新聞 2014622日付)。
http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15674893.html(末尾に朝日の記事を掲載)
また、「僕の方に何か間違いがあったのか」という若山氏の発言の裏を取るのであれば、若山研において実際にどのようにマウスの管理がなされ、小保方氏に対して手交したマウスがどの系統のものだったのかが実験ノート等に記録されているかといったことを取材すべきだったはずであるにも拘わらず、そのような形跡は見られない。実際、小保方氏に対して手交したマウスは、若山氏側において、「~~であったはず」という認識以外にそれを証拠立てる材料はないままに、若山氏の主張のみを報じるだけであった。
「若山研にはなかったマウス」ということが若山氏の認識違いであったことが紹介されれば、「小保方氏に渡したはずのマウス」という認識についても間違いだった可能性は視聴者にも伝わったと思われるが、そのようには報じなかった。実際、後に桂調査委員会においても、(若山研の管理状況や若山氏の認識をそのまま前提としているという大きな問題点はあるが)若山氏の認識と結果とが一致しない例も指摘されていることからしても、NHKの報道ぶりについては問題があったのである。
 
 
■ 実験ノートの番組での使用について申立人が著作権侵害だと訴えている点についてNHKは、「実験ノートは報道のための利用であり、著作権侵害には当たらない」「多くの人間が閲覧して吟味することを目的として作成されているものなので、本来、著作者人格権の公表権の行使が予定されている著作物ではない」などと主張した。
 
【コメント】
 小保方氏の実験ノートについては、知的財産権、特に著作権と特許との関係において、取扱いが機微なものであることに、十分留意する必要がある。
 小保方氏は、記者会見において、秘密実験も記載されていること、所属機関の知財であること、特許等の事情もあることについて説明し、公開が難しい理由を述べている。
 
「あと実験ノートにつきましても、秘密実験等もたくさんありますので、ちょっとあの、全ての方に公開するという気持ちはありません。」
 「現在開発中の効率の良い STAP 細胞作成の酸処理溶液のレシピや実験手順につきましては、所属機関の知的財産であることや特許等の事情もあり、現時点では私個人からすべてを公表できないことをご理解いただきたく存じます。」記者会見の補充説明
 
 これは、著作権特許権に加えて、営業秘密も関係してくることを示している。このような複合的な知的財産権の帰趨に関わることであるから、報道に使う場合であっても細心の注意が必要になることは言うまでもない。
まず、「実験ノートは報道のための利用であり、著作権侵害には当たらない」などという主張は全くあり得ない。そもそも著作権法で権利例外とされている「報道のための利用」とは、映像のバックに著作物がたまたま写り込んだり音として入ってしまう場合を主として念頭においているものであり、文科省等の解説にもそのように述べられている。つまり、フェアユース的な事例を対象としているのである。
 公益目的から権利例外の対象として認められる場合に極めて限定されており、本件のような使い方は対象としては想定されていない。一般的に、公益に反するような、あるいは違法性が高いような当局による隠蔽を暴露し、国民に伝えるといった公益目的があれば権利例外の対象となることもあり得ると思われるが、本件の実験ノートについては、そのような性格のものでは全くない。
 
 「多くの人間が閲覧して吟味することを目的として作成されているものなので、本来、著作者人格権の公表権の行使が予定されている著作物ではない」との主張に至っては、更にあり得ないものである。それを正当だというのであれば、そのような認識が科学界の一体どこで、いつ定着しているかということを示すべきである。
 研究機関における研究成果の取扱いについては、理研の研究員が米国経済スパイ法違反などの容疑で起訴された事件を踏まえて、総合科学技術会議で検討が行われ、平成13年に意見書が公開されている。
そこでは、研究データ・測定値も書かれている実験ノートも含めて、研究成果物として、その権利関係等の取扱いを各研究機関において明確にすべきことを提言している。実験ノートが著作権の対象となることは言うまでもないことであり、実験結果やデータを公開するか否かは、その実験ノートを作成した小保方氏に委ねられるべきことであって、その意味で、公表権、氏名表示権、同一性保持権といった著作者人格権も当然に存在することは当然である(著作者人格権は、著作者個人に帰属する一身専属の権利であり、経済的権利である著作権の帰属とはその点で異なる)。
なお、著作権の観点からしても、それをマスコミの各種媒体で掲載することは、複製権や公衆送信権の対象となるものであり、著作権者に無断で行うことはできない。
 
 実験ノートの扱いは、特許権との関係でも極めて機微なものである。特許法では、たとえ相手が一人であっても、守秘義務をかけないままに伝達すれば、それは公知化されたことになる。また、悪意の者によって意に反して公開・伝達されてしまった場合にも、公知化されたことになり、新規性なしとして特許化が難しくなる可能性もなしとしない。
 問題となる局面としては、理研内部の者がNHKにリークした局面、NHKが報じた局面、NHK分子生物学会の研究者に閲覧・複写等をした局面(この局面があったかどうかは不明)とがあるが、いずれの局面でもそのような懸念が生じるのであり、NHKとしてもそのような機微な問題が生じることを十分に踏まえる必要があったことは言うまでもない。
 なお、理研職員が守秘義務に違反してNHKにリークしたことは、守秘義務違反で刑事罰の対象となりうるし、特に不正調査を行っている立場の者からのリークだった点で、高度の守秘義務違反が存在したと思われる。また、秘密実験や未公開データが書かれていた実験ノートをNHKに手交するということは、営業秘密の漏洩という不正競争防止法違反の余地も生じ得る。それらの刑事的違反行為については、教唆の罪は規定されていないかもしれないが、それに類した行為があったのだとすれば、倫理的に問題となりうる。
 
 上記に縷々述べた通り、実験ノートの一方的な漏洩、公開は、各種の知的財産権を損なう行為であり、報道の上で公開するとしても、その目的や報じ方において、それらの権利を不当に侵すことがないよう、最大限の配慮がなされるべきであることは言うまでもない。
報道に使うのであれば一律に著作権の対象とならず、実験ノートであれば著作者人格権は適用されないなどという主張は、未だ嘗て聞いたことがない珍説である

                                       続く