理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

2 iMuSCs細胞論文を巡る議論に関連して感じること―(2)STAP研究の「複雑な構図」の認識の必要性

 
 MuSCs細胞論文を巡る議論をみて感じるのは、相変わらず、「小保方氏は自らの実験の存在の証明のために実験ノートその他のデータを公開せよ」「何で公開しないのか? 研究者として不誠実だ」「エア実験だから公開できないのだろう」「山中氏はすべての実験ノートを提出したではないか」等々の指摘が見られることです。
 
 一見正論に見えますが、STAP細胞研究に関しては、冷静に考えれば、これほどピントはずれな議論はないでしょう。
 このことは、以前にも本ブログ記事で述べました。
 
◎「STAP細胞問題を論じる前提となる「複雑な構図」を理研はきちんと説明すべきである」
 
そこで説明した点は、もっともっと広く認識が共有される必要があると思います。そうでないと、いつまでたっても不毛の議論が続きかねません。


一般的には、科学研究は、国の科研費や研究機関への交付金、あるいは各種の公的機関による公募型研究への応募等により、行われる例が多いのだろうと思います。
大学や研究機関では、研究者や研究機関は独立した存在で、企業のように上意下達の指揮命令系統はなく、研究者個人又は研究室単位で確保した資金による研究が通常なのだろうと思います。
文科省の研究不正ガイドラインも、そういう一般的パターンの研究を念頭において作られていると思われます。そのような研究であれば、試料、実験ノート等は、研究主体である研究者自身の責任と裁量によって公開ができるはずですから、それが示せないということは、不正を行ったとされても仕方がない、という考え方が取られたとしても不思議ではありません。
 
ところが、今回のSTAP細胞研究は、ハーバード大ブリガム&ウィメンズ病院と理研との間の組織対組織の国際共同研究であって、小保方氏ら研究者個人の研究ではありませんでした。小保方氏は、論文に書かれたSTAP細胞実験の期間は、あくまで、ハーバード大B&W病院(のヴァカンティ研究室)から派遣されてきた客員研究員であって、理研の研究員ではありませんでした。
若山氏(及び若山研スタッフ)は、ハーバード大側から研究協力を依頼された立場であり、細胞への注入等の高度な技術を期待されてそれを提供している立場だったはずです。自己点検委員会のヒアリングに対する若山氏の「小保方氏の受入れの目的は技術支援である」という受身的発言からも、それは伺えます。
 
「若山氏は、小保方氏を理研の客員規程に従ってハーバード大から受け入れたが、小保方氏は、C.バカンティ研究室に籍があり、受入れの目的は技術支援であると認識していた。そのため、実験計画や結果の判断に深入りしない方針で共同研究を進め、批判的観点からの議論や詳細なデータの確認を行わなかった。」(自己点検委員会報告書P7
 
  構図を複雑にしているのが、STAP細胞の実験実施の時点では、小保方氏はハーバード大に属していて、そこから派遣されてきている客員研究員だったものの、ネイチャー論文の投稿と発表時には、理研に採用された研究員だったという事情であることは、以前のブログ記事で述べました。
 したがって、客員研究員時代の日本滞在費用はハーバード大の負担だったでしょうし、その成果物で理研に帰属しないと取り決められていたものは、理研では管理できないということだったろうと思います。マスコミは、「なぜ小保方氏は高給ホテルに長期滞在できるのか? 関西の有力なひいき筋があるのではないか?」とか、「小保方氏は、理研のパソコンではなく、『私用パソコン』でデータを記録していてけしからん」といった取り上げ方をしていましたが、単純に「それはハーバード大の負担と所有だったから」という理由によるものだったと思われます。
 
 国際共同研究である以上、共同研究契約書があるはずです。情報公開請求をすれば開示されると思いますが、一定の雛形に沿いつつ、知的財産の帰属について細かな取り決めがなされていることでしょう。
 どういうパターンなのか知りたいと思って、検索すると、科学技術振興機構JST)により契約書の雛形がありました。このサイトでは、特許の共同出願契約書の雛形も掲載されています。
 
 STAP細胞の共同研究については、次のパターンの契約だろうと思います。
 
A.    国際共同研究契約書
 
 これを読むと、
 
第1条:定義
1.2         「研究成果」とは、「共同研究」により得られた一切の技術的成果をいい、発明、着想、意匠、著作物及びノウハウを含む。
1.3         「発明」とは、技術的発明、着想、意匠、著作物、ソフトウェア、情報またはデータ、ノウハウ等の、知的財産権による保護の対象となるすべてのものを含む。
1.4         知的財産権」とは、世界各国における知的財産権をいい、特許、実用新案、意匠、著作権、ノウハウ及びこれらに関する一切の権利を包含する。
 
第3条:守秘義務及び知的財産権
3.2         「両当事者」の貢献により得られた「研究成果」は、「両当事者」が書面で別途合意しない限り、「両当事者」の共有となる。各「当事者」は他方の「当事者」の書面による事前同意なくJST及びXXX以外の第三者に「成果」を開示してはならないが、その同意は不当に留保されてはならない。
*一方当事者だけにより得られた成果は、当該当事者が単独で所有する旨を明記することとしても差し支えありません。
 
3.3         「両当事者」の貢献により得られた「研究成果」に関する「知的財産権」は、書面による「両当事者」の別途の合意がない限り、「両当事者」によって共同で所有されるものとする。「知的財産権」の如何なる申請は、別途の合意がない限り「両当事者」によって共同で行われるものとする。この目的のために、「両当事者」は、「両当事者」による別途の合意がない限り、「共同研究」から生じた「知的財産権」への貢献度に比例した権利持分を有し、また、それと同じ比率で当該「知的財産権」の保護に必要な費用負担をなすものとする。
 
第5条:研究成果の公表
5.1         「両当事者」は、本契約第3条第1項及び第2項の規定に従うことを条件として、「共同研究」の期間中に展開された全情報(科学的、工業的、又は他の社会的利用に価値を有するもの)を、原則としていずれの「当事者」によっても公表できることに合意する。
5.2         「両当事者」は、前項の公表によりどちらかの「当事者」が「知的財産権」を得る機会を危うくする場合、協議してその対応を決定するものとする。
 
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 理研ハーバード大B&W病院との間の共同研究契約についても、多少の表現の差はあるかもしれませんが、この雛形のような点が構成要素になって締結されていると思います。
 そして、元々の初期化するとのSTAP細胞仮説は、バカンティ研により着想されたものであり、少なくとも第一論文に関する理研(若山研)の役割は、その証明のための「技術支援」という補完的役割だったと思われます。
 STAP細胞が胎盤形成にも寄与することとSTAP幹細胞、FI幹細胞の樹立を内容とする第二論文については、CDB若山研で着想され、若山氏の支援を受けて小保方氏が解析しとりまとめたデータを基に作成されており、
 「この論文の執筆によりSTAP細胞研究における若山研のクレジット及びCDBの貢献が明確となった。」「このデータを基にCDBを中心とする特許出願も考慮されていたが、ハーバード大学理研知財担当者とが交渉し、一つの特許として米国特許庁に国際出願した。」(自己点検委報告書p4~5
 とされており、理研側がメインの役割を果たしています。
 
 ハーバード大からみた場合、理研側が補完的な技術支援に過ぎない第一論文に関する研究データ、試料については、実験ノートも含めて、自己の単独所有としていた可能性が多分にあると思います。共有だったとしても、その公開については、ハーバード大は拒否権があるわけです。
 
 また、第二論文に関する研究データ等は、CDBが主導的役割を果たしたため、CDBの単独所有か又は両者の共有かのいずれかでしょう。しかし、協議の結果、CDBの単独出願ではなく、共同で特許出願することとして、持ち分の割合を寄与度に応じて決めていますから、その知的財産権は、理研東京女子医大が放棄するまでは共有になっていたことは確実です。そうなると、契約雛形の「5.2」に規定されているように、特許習得の上で支障があると判断されれば、データ等の公表について拒否することもできる仕組みです。
 
 こうやってみてくれば、第一論文関係、第二論文関係いずれの研究データ、試料等であっても、(共有のものであったとしても)ハーバード大側には、拒否権があるということです。また、第一論文関係で、ハーバード大に単独で帰属するデータ等については、理研側が何か要求できる立場にはありません。
 
(注)なお、理研の「客員規程」を見ると、
「(研究成果の取扱い)
第9条 客員が研究所における研究の過程又は結果として作製又は取得した研究成果の取扱いは、原則として職務発明規程(平成15年規程第71号)その他の規定を準用する。
客員の研究成果にかかわる研究論文及び研究論文にかかわる図表等についての著作権は当該客員に帰属する。」
 
 とありますが、モニタリング委員会報告書では、研究データ、試料等の帰属を峻別する作業をしたとありますから、小保方氏のような共同研究協定に基づく「客員研究員」(=第2条(2)での定義「客員研究員 研究所と大学、研究機関、民間企業等(以下、「研究機関等」という。)との研究協力協定、共同研究契約等に基づき、当該研究課題等を遂行する者」)の場合には、第9条の原則が適用されなかったということでしょう。
 
 時系列で整理すると、次のようになります。
 
20114月~20132月 ハーバードからの客員研究員(ハーバード・メディカルスクールポスドク研究員の籍)
201331日 理研・研究ユニットリーダーに就任
 
201111月 キメラマウスとSTAP幹細胞の作成に成功
20124月 ネイチャー誌に投稿(第1回:不採択)
        米国に特許仮出願
2013310日 ネイチャー誌に投稿(第2回:その後採択)
2013424日 米国特許庁に国際出願(10月に公開)←第二論文のデータを補充。
 
 上記のように時系列に基づいてみてみれば、実験成功段階、論文投稿・特許出願の準備・手続き段階では、小保方氏は、ハーバードからの客員研究員の身分だったことが理解されると思います。
 
 その間における実験ノートを含む研究データ等は、第一論文関係のものは、ハーバード大自身の単独所有・管理になるでしょうし、共有や理研所有のものがあったとしても、特許出願との関係で公開は拒否することでしょう。第二論文関係等で、理研との共有のデータがあったとしても、特許化を危うくするとの理由により、ハーバード大には公開の拒否権があります。

 こうやって、STAP細胞研究の位置づけ、構図を正しく理解すれば、「小保方氏が実験ノートや試料を提出しないのはけしからん! 不誠実だ!」という批判が、如何にピントがずれたものであるか、容易に理解できることでしょう。
 小保方氏は、あくまで、ハーバードのバカンティ研において立てられた仮説の証明のために、同大から派遣された駒(優秀ではありますが)たる一研究員にすぎない立場ですから、いくら自らが行った実験だとしても、その実験ノートや試料は、その一存では提出、公開はできず、説明もできないということです。
 早稲田大の調査がその壁にぶつかったことは既に述べました。

 そして、特許出願しているわけですから、出願済みの明細書に書かれたデータだけが書かれているわけではないでしょうし、今後、追加の出願もあり得る中で、その鍵となる研究データなどは、公開して公知化させてしまうことは新規性の喪失につながり、絶対に許されませんから、駒である研究員の研究不正の調査だろうとなんだろうと、公開・提出を許すはずがありません。
 
 小保方氏は、この点は説明しています。一昨年4月の不服申立てに関する会見の際に、「知財との関係で、自分の一存では公開できない事情をご理解下さい」という趣旨の発言をしていました。
 前に述べた通り、本来、この点は理研が説明すべきでした。組織対組織の国際共同研究契約に基づく研究なのですから、その枠組みと研究経緯について説明すべきところを、それをしないまま、中途半端な研究不正調査を行ったがために、正確な枠組みの理解がなされず、混乱したままに推移してしまいました。
 
 そして、この研究データ、試料の帰属の問題は、桂調査委員会の調査においても大きなネックとなったことは、モニタリング委報告書を読めば容易に読みとれますし、桂委員長の会見での「(キメラマウスは)確認できませんでした。しかし、(胎盤発光の)証明があったとは考えていません」という、記者の質問に狼狽して答えた奇妙な発言からも伺うことができます。
 ハーバード側の拒否権により、小保方氏は実験ノートを提出することができず、調査委も残存試料等を十分調べることができなかったがために、不正調査も実は極めて不十分なものになってしまったということを、理研も桂調査委も正直には説明しませんでした。


そして、小保方氏が、実験ノートを提出しないことを責められているのを横で傍観するのみで、あたかも小保方氏個人の問題に帰結させようとし、国際共同研究の枠組みとそこから来る不正調査の限界について、自らが説明すべき役割と責務を果たさなかったことは、極めて不誠実であり、職務怠慢、いや卑怯千万といっても過言ではありません。
それらの点を説明してしまっては、STAP細胞問題にいつまでも決着をつけることができず、特定国立研究開発法人の指定のための法案提出ができなくなってしまうという思惑によって、筋として明らかにおかしい対応を理研はした形です。その背後には、法案提出を焦る文科省の意向があったであろうことはもちろんです。
 
 今回のSTAP細胞問題は、従来の不正調査の枠組みについて、二つの問題を突きつけたと言えるでしょう。
 第一は、不正の研究が国際共同研究の場合に、相手方が、研究データ等について、調査のための提出・公開を拒否した場合、どうするのか?
  ※国際共同研究に限らず、企業との産学共同研究の場合もあるでしょう。
 第二は、特許出願が絡む場合に、公知化を回避するために、提出・公開ができない場合、共同研究の相手方が拒否した場合、どうするのか?
 
 このような問題を正面から認識も説明も議論もしないまま、従来から想定されていた研究者個人や研究室が自ら資金確保するような研究を対象とした不正調査の枠組みの中でやろうとしたがために、極めていびつでミスリーディングな調査となり、小保方氏個人の「不誠実さ」だけを強く印象付けるようなことになってしまいました。
 
 科学コミュニティは、科学界の自治を主張するのであれば、このような問題を自ら認識し、解決の方向性を探るべきはずです。それこそ、日本学術会議などが中心となって議論するべき話でしょう。それが、あの支離滅裂な理研改革委の提言を、コピペして追認するくらいですから、学術会議の威信も何もあったものではありません。
 
 科学コミュニティのもっともっと大きな問題は、最近、DORAさんが問題提起している査読システムの件でしょう。DORAさんのブログ記事を読んで、驚愕しました。
 ああいうことが行われているということであれば、盗用どころの話ではなく、他人の研究成果の合法的窃取、あるいは、公表前のインサイダー取引的行為が罷り通る得る環境下に、科学界はあるということですから、一般社会のルールからは考えられない世界だと感じます。この点はまた別途述べたいと思いますが、いずれにしても、科学コミュニティは、既存の枠組みを惰性で墨守するのではなく、問題の所在を鋭敏に把握し、その解決法を探るような仕組みを整備する努力をする必要があるのではないのか? そうしないと、権力の介入を招き、自治が失われていく懸念がある・・・との認識が共有される必要があると感じます。