理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

NHKスペシャルのBPO人権侵害判断の予測の上で参考になる、佐村河内氏に関する決定

 
 先日の早稲田大学の小保方氏の学位取消確定決定については、週末に、長文の記事をアップする予定ですが、その前に、NHKスペシャルについての放送倫理・番組向上機構BPO)での審理の参考になる決定が出ていますので、コメントしておきたいと思います。
 
 事案は、聴覚障害者を装っていたのではないかとの疑惑が社会問題となった佐村河内氏についての件です。申立ては2件あって、1117日に公表された結論は、1件は人権侵害勧告、もう1件は人権侵害も放送倫理上も問題なしとの判断でした。
 
TBSテレビの情報バラエティー番組『アッコにおまかせ!
 
勧告:人権侵害(少数意見付記)
TBSテレビの情報バラエティー番組『アッコにおまかせ!』は201439日の放送で、佐村河内守氏が楽曲の代作問題で謝罪した記者会見を取り上げた。この放送について、佐村河内氏は「申立人の聴力に関して事実に反する放送であり、聴覚障害者を装って記者会見に臨んだかのような印象を与え、申立人の名誉を著しく侵害した」等として委員会に申し立てた。
これに対してTBSテレビは「申立人の聴覚障害についての検証と論評で、申立人に聴覚障害がないと断定したものではない。放送に申立書が指摘するような誤りはなく、申立人の名誉を傷つけたものではない」等と主張してきた。
委員会は20151117日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した。
なお、本決定には結論を異にする2つの少数意見が付記された。
 
■フジテレビのバラエティー番組『IPPONグランプリ』
 
見解:問題なし
フジテレビは2014524日放送の大喜利形式のバラエティー番組『IPPONグランプリ』で、「幻想音楽家 田村河内さんの隠し事を教えてください」という「お題」を出してお笑い芸人たちが回答する模様を放送した。
この放送について、佐村河内守氏は「一音楽家であったにすぎない申立人を『お笑いのネタ』として一般視聴者を巻き込んで笑い物にするもので、申立人の名誉感情を侵害する侮辱に当たる」等として委員会に申し立てた。
これに対し、フジテレビは「本件番組は、社会的に非難されるべき行為をした申立人を大喜利の形式で正当に批判したものであり、申立人の名誉感情を侵害するものでない」等と主張してきた。
委員会は20151117日に「委員会決定」を通知・公表し、本件放送は許容限度を超えて申立人の名誉感情を侵害するものとは言えず、放送倫理上の問題もないとの「見解」を示した。
 
◎名誉棄損かどうかが争点ですが、後者のフジテレビの方は、

「名誉感情侵害の有無について、各回答を概観すると、a聴覚障害に関するもの、b)音楽的才能に関するもの、c)風貌に関するもの、d)その他、の4類型に分類可能であるが、大喜利の特徴も踏まえれば、いずれも、許容限度を超えて申立人の名誉感情を侵害するものとは言えない。」
「自らの言動によってファンや関係者の信頼を裏切ったことにより正当な社会的関心の対象となっている申立人個人に対する許容限度の範囲内での風刺等であり、いじめや聴覚障害者に対する偏見を助長する内容とは受け止めにくい。したがって、放送倫理上の問題は認められない。」
 との判断でした。
 
◎前者のTBSテレビの方では、

佐村河内守氏が自分の名義で発表してきた楽曲について新垣隆氏が作曲に関与していたことを謝罪する記者会見を取り上げた。この中で、佐村河内氏の聴覚障害について、会見のVTRや出演者のやり取りなどで、「検証」と「論評」を行ったとしている。
この放送について、佐村河内氏は「健常者と同等の聴力を有していたのに、当該謝罪会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるかのように装って会見に臨んだ」との印象を与えるもので、名誉を著しく侵害されたとして委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した。」
とのことで、人権侵害ありとの判断でした。
 
どういう過程、理由で、名誉棄損を認定するのか、という点は、小保方氏に関するNHKスペシャルの人権侵害、放送倫理上の判断を予想するのに、大変参考になると思います。
決定内容の詳細は、次を見ていただくとして、
 
 
●これをざっと見て感じたのは、次の点です。


(1)まず改めた驚いたのは、ほとんど裁判所の判決並みの詳細な認定内容になっているということです。

 名誉棄損に当たるかどうかの判断ですから、詳細な分析が必要であることは言うまでもありませんが、こうやって改めて認定内容を見てみると、どういう発言、言葉がどういう印象を与えるかなど、微に入り細を穿って分析しています。
たとえば、「じゃあ細いほうで…」というテロップにおける「じゃあ」という一言が、どういう印象形成をしているか、について細かく分析しているが如くです。
 委員一名の少数意見も、ほとんど多数意見と同じくらいに詳細なものになっています。裁判所の判決につく少数意見と同様です。
 
(2)第二には、名誉棄損を判断する場合には、どういう「事実の摘示」があって、それが名誉棄損に当たるかどうかを判断するわけですが、本決定では、放送内容全体を逐一検証して、どのような印象を与えるかを分析の上、「事実の摘示」がどういうものだったかを判断しているという点です。

 以下の判断内容を見ると、「どういう印象を与えたのか?」という認定内容が、「摘示された事実」となっています。そして、そのような印象を与える操作として、ある客観材料は説明しなかったとか、説明が不十分だった等の具体的問題を指摘しています。
 このような認定であれば、「そういうつもりはなかった」「そういうことは一言も言っていない」といった抗弁は通じないということがわかります。
 
「本件放送によってどのような事実が摘示されたかについて、申立人の指摘する問題点を中心に、以下の検討を行った。(1)謝罪会見の際に申立人が配布した聴力に関する診断書に記載された検査結果について、本件放送が客観的な検査については十分に言及せず、むしろ自己申告制の検査であることを強調するなどして、一般視聴者に対し、診断書の検査結果の信頼性が低いという印象を与えた。(2)アナウンサーが「普通の会話は完全に聞こえる」との説明を行い、申立人には健常者と同等あるいはそれに近い聴力があるとの印象を与えたが、その説明は不適切であった。(3)本件放送が紹介した専門家の所見のうち、「通常の会話は比較的よく聞こえているはず」とする部分は、(2)の印象を裏付け強化するものであり、詐聴の可能性を指摘する部分は、(1)と同様、検査結果の信頼性が低いことを印象付ける。(4)「普通に会話が成立」というナレーションとテロップが付されて放送された本件謝罪会見のVTR部分は、申立人が謝罪会見の際、手話通訳なしに会話を交わすことが可能であったという事実を端的に摘示するものである。」
 
(3)第三に、安易なバッシングを厳しく戒めていることです。社会的に批判の対象となっているからといって、あるいは、専門の医師からも不自然な点が指摘されているからといって、十分な根拠なく、社会的評価を更に貶めることは許されないとしている点です。
 
「このような事実の摘示は、申立人の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであることは明らかである。申立人が別人に作曲を依頼していたことが発覚した2014年2月以降、申立人は厳しい社会的批判の対象となり、本件放送当時、すでにその社会的評価が相当程度低下していたことは事実ではあるが、だからと言って、申立人の社会的評価をさらに貶める内容を看過することはできない。
 なお、TBSが主張するとおり、アナウンサーの説明の中には、あくまで診断書のみに基づいて判断したものであるという発言が複数回見られ、また、本件放送のエンディング部分で、聴力が50dB程度の者でも手話通訳があると助かることもある旨をアナウンサーが補足説明しているが、これまで述べてきたことからすれば、これらをもって上記認定を覆すことはできない。」
 
確かに、申立人の聴覚障害については、申立人の主張を新垣氏が完全に否定しており、専門の医師からも不自然な点が指摘されている。これに対して申立人からは十分な説明がなされておらず、その意味ではTBSが多くの他のメディアと同様に強い疑念をもち、厳しい目で吟味しようとしたことについては理解できる。
しかし、だからといって、十分な根拠なく、上記に認定したような申立人の名誉を毀損する事実を摘示することが許されるわけではない。疑惑を伝えるのであれば、あくまで疑惑であることが視聴者に明確に伝わるようにすべきである(委員会決定第51号「大阪市長選関連報道への申立て」参照)。」
 
(4)第四は、(3)とも共通しますが、バッシングの空気に乗じた安易な番組制作に対する批判をしていることです。

世間が批判・非難一色になっているからといって、それに乗じて、丁寧に伝える努力を怠ることは許されないという観点からの指摘です。
 
「本件放送に関して、委員会は、このような放送がなされてしまった背景に、TBSが申立人に対する否定的な評価の流れに棹さすごとく番組制作を行ったことがあるのではないかと考える。つまり、TBSは、当時の社会的雰囲気の中で、聴覚障害というテーマに関する情報をていねいに伝える努力を怠っていたのではないか。そして、出演者に対する事前の説明も十分ではなかったのではないか。その結果、申立人の名誉を毀損し、また、同じような聴覚障害者に対して配慮に欠ける番組を放送してしまったのではないかと考える。」
 
(注)「流れに棹さす」という用語の使い方が逆ではないかと思って調べたら、これが正しい使い方なのだそうです。勉強になりました(笑)。
 
(5)第五は、人権侵害の認定だけでなく、放送倫理上の問題についても指摘していることです。

訴えは、直接的には人権侵害ですし、放送倫理については別途、放送倫理委員会がありますが、人権侵害には通常放送倫理上の問題もあるとの理由から、数点指摘しています。
いずれも、もっともと思える点ばかりです。
 
「(2)事実をありのままに伝えること
 報道にあたっては、「予断を排し、事実をありのまま伝える」ことが求められる(民放連 報道指針「2.報道姿勢」(2))。しかし、本件放送は全体的に、申立人による聴覚に関する発言は虚偽であるという前提で構成されており、本件放送で摘示された事実もそれに沿うように提示していると受け止められる箇所が存在する。
とりわけ、VTR部分については、3(2)で指摘したとおり、冷静に見れば、その前のやり取りを踏まえての発言である可能性も十分あることに思い至ることは容易であるはずだが、実際には「普通に会話が成立」という捉え方がされてしまったのは、結論ありきという姿勢があったためではないか。
(3)専門性の高い情報を正確に伝えること
 放送の正確性は放送倫理の基本である。専門的な内容を一般視聴者に分かりやすく伝えることは重要であり、専門用語を避け、あるいは細部を捨象するなどの工夫を行う必要が生じることもある。しかし、わかりやすい放送と不正確な放送とは、次元を異にする(委員会決定第46号「大学病院教授からの訴え」参照)もので、わかりやすさを追い求めるあまり、不正確な放送をしてはならないことは言うまでもない。(以下略)
(4)出演者への事前説明の努力 (略)
(5)障害に触れる際の配慮の必要性 (略)」
 
 
●以上のように、STAP細胞に関するNHKスペシャルについての判断がどうなるのかを予測させるに足る材料が多々含まれているように感じます。
 そもそも、佐村河内氏の場合は、作曲の代作を依頼していたという疑惑を本人も認めた上での話ですが、小保方氏の場合にはそういう構図では全くありません。
 このような認定プロセスを踏むのであれば、少なくとも、「小保方氏がES細胞を盗んで、STAP細胞実験で混入させた」という印象や、「小保方氏と笹井氏とが不適切な関係にあった」という印象を与えていることが、「事実の摘示」として、名誉棄損が認定されるのではないかという気が強くします。また、メールの公開自体も、プライバシーの侵害として認定されうると思います。

 また、「ES細胞が混入され、小保方氏が虚偽を働いている」という「結論ありき」での番組作りやバッシングに乗じた安易な番組作りなど、放送倫理上の問題指摘も十分あり得るのではなかろうか?とも思えます。
  なお、佐村河内氏に関するもう一つのフジテレビの事案についての判断からすれば、例えば、「STAP細胞はあります」との台詞を茶化したような程度にとどまる類いのものは、問題とはならないだろうということでしょう。
 
NHKスペシャルについては、1020日の委員会の結果は、次のようになっていますので、上記の佐村河内氏の事案が決定された1117日会合で、議論がなされているはずです。その概要、今後の予定について、間もなく公表される議事概要で見えてくるかもしれません。
 
9月の委員会後、申立人から「反論書」が、被申立人から「再答弁書」が提出された。今回の委員会では、事務局が双方の新たな主張を取りまとめた資料を基に説明した。次回委員会では、論点の整理に向けて審理を進める予定。」
 
●「STAP細胞問題」は、間違いなく後世に残る社会的事件として記憶されることになると思いますが、その意味は、現在、科学界なりマスコミが捉えているような構図ではないだろうと思っています。
 物事に、起承転結というものがあるとすれば、まだ「起承」あたりかもしれません。「転」の段階に移るのに、このNHKスペシャルについてのBPOの判断がひとつの材料になる可能性もあるでしょう。