『選択』誌での東大研究不正疑惑問題記事のご紹介
昨日発売の月刊誌『選択』10月号に、東大医学部の不正疑惑問題について記事が載っていました。週刊誌サイズで4頁ですから、『選択』誌としては長文記事の部類です。
タイトルは、
「東大医学部で「STAP級」論文不正―税金が消えた「糖尿病研究」の暗部」
というもので、主として、門脇孝教授の件が取り上げられています。「STAP級」というのは、「世界三大不正」「前代未聞の不正」という改革委が貼ったレッテルを引きずっているのでしょうが、それはともかくとして、ポイントをご紹介すると、次のようなものです。
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・門脇教授は、「東大医学部のスター」と呼ばれ、東大糖尿病・代謝内科教授。関係学会理事長で、東大病院長も務めた重鎮。
・疑惑の的は、脂肪細胞から分泌される「アディポネクチン」(以下、「ア~」と記載します)と呼ばれるたんぱく質の研究開発。脂肪を燃焼させる働きがあると言われ、「運動せずとも痩せる夢の新薬候補」と絶賛する研究者もいる。ところが、いまだ、市販はおろか創薬にさえ至っていない。
・門脇研には、国からは十億円近い科研費。
・「ア~」論文は84本あり、4つは、2003年と13年に、ネイチャーに発表され、世界の関心を惹きつけた。インスリンの効き目を高め、血糖値を低下させること、動脈硬化を抑制することが判明したとのデータを紹介し、生活習慣病の治療薬の候補として一躍脚光。
・(告発内容を紹介の上)
「ア~」はもともと、阪大第二内科の教授グループが95年に発見して注目されたが、03年に東大門脇氏の腹心の山内敏正医師(当時。現准教授)が「ア」の受容体を発見。岩部美紀氏らが「ア~」の受容体と結合し、その作用を強化する「アディポロン」を「発見した」と発表された。マスコミは「偉業」として称賛し、門脇氏は5年以内の臨床試験を目指すとコメントした。
・先行した阪大の第二内科グループは、05年にその指導した医学部学生の研究不正が発覚し、教授、学生とも処分され、同グループの権威は地に堕ちた。その糾弾の急先鋒だったのが、門脇教授だった(某製薬会社による)。
・門脇氏の東大第三内科では、当時、「奴隷」と呼ばれる複数の製薬会社から派遣された社員が、数千万円の研究費を持参しつつ働いていた。業績を巡りトラブルになることもあった。
・アディポロンの研究は、他には共有されず、門脇、山内、岩部氏らだけで行われ、突然発表された。
・一つでも新薬を開発すれば、小野薬品のがん免疫治療薬のように巨額の利益が得られるが、門脇研の研究は、生活習慣病の特効薬となれば、その利益はがん免疫治療薬の比ではない。
・アディポロンの研究には、「健康長寿のための包括的・発展的研究」として、総額3億6千万円強の科学研究費がつき、山内、岩部氏らにも、別途数千万円の研究費がついている。
・特定の製薬会社とも関係が深く、資金の寄付等もあり、門脇教授は同社の商品に評価コメントをしたが、後に同社は誇大広告で厚労省から業務改善命令を受けた。
・事の重大さを理解しているのか、学会幹部や医学部長は懸念を深めているという。
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この記事は、数名の告発対象のうちの門脇教授についてのみの記事ですが、他の藤田、高柳……といった「学界最高権威」の論文についても、同様の構図なのだとすれば、「東大医学部は、開学以来の危機を迎えている」という『選択』誌の末尾の言葉もあながち誇張ではないような印象です。
記事が正しいとすれば、ポイントはこういうことでしょうか。
○門脇研が発見した「アディポネクチン」とその受容体は、糖尿病、動脈硬化等の生活習慣病の治療薬候補として脚光を浴び、2000年代初期から今に至るまで、国及び製薬会社から数億円規模の研究費が投じられてきた。
○一方、それにも拘らず、論文は最近に至るまで発表され続き、ネイチャー誌にも掲載されている。
再現できないデータで創薬され市販されてしまったということではさすがになかったようですが、しかし、期待とともに多額の国と製薬会社からの研究費が費やされたということと、製薬会社が創薬化を断念してもなお、国からの多額の研究費は投下され続け、論文も権威雑誌に発表され続けている、ということが、問題の構図ということのようです。
■なお、この『選択』誌の記事では、一貫して、門脇研全体の問題として捉えているのが印象的でした。これまでの東大不正も、そういう構図での研究不正認定です。
その点で、STAP細胞問題においても議論がありましたが、小保方氏個人の問題なのか、若山研としての問題なのか、ということは、論点としてあり続けると思われます。
『あの日』では、石井委員会による不正認定の後、懲戒委メンバーがヒアリングした際、小保方氏がユニットリーダーではなく、若山研のポスドクで指導下にあったことを初めて知って、ヒアリングが打ち切られ、「懲戒の判断がつかなくなった」と理事が語ったという話が紹介されています(p180)。
そのように、一般的には「研究室としての不正認定」というのが相場であるなかで、若山研の主宰者としてSTAP関連の幹細胞研究の旗振り役だった若山氏を守るためには、自主点検委員会報告書が早期に描いたように、「若山氏は、受け身的な支援的役割に留まった」という構図を前面に出し、この構図の中で判断するよう誘導された、ということではないかと感じます。
そういった「研究不正判断における責任主体」という論点を考える上でも、今回の東大不正告発を受けての本調査の行方は、関心がもたれます(この記事のような構図であれば、当然、研究室主宰者なのでしょうが・・・)。
なお、『選択』誌記事では、2015年4月に、「ア~」受容体の立体構造をめぐり、理研の横山茂之上席研究員との共同研究が、ネイチャーに掲載されたとありますが、これにも影響してくるのでしょうか? そうだとすれば、また理研も大変でしょう・・・。
※ その他ご参考
イモリが切断された臓器や体を再生するときに、膨大な数の細胞分裂を繰り返すが、普通は、分裂するほどガンになりやすいものの、イモリの体はがんにならないといわれており、異常な細胞を取り除く機能があるとみられている由。