遠藤氏の解析によるES細胞説を「無理がある」とした理研依頼の外部有識者の評価内容は?
運営・改革モニタリング委報告書の参考資料を見ていて、いくつか感じたことがありますので、備忘録的に書いておきます。
第一点目は、遠藤氏の解析結果の扱いについてです。この点は、どなたかがどこかで少し触れておられたような覚えがあります。
参考資料
◎p68
○その他、寄せられた疑義に対する対応
・インターネット上の公開NGSデータの解析結果を把握した職員から、3月11日に研究担当理事に連絡があった。
・5月19日外部有識者から「内容はほぼ再現でき、その意味では正しい。しかしながら、その解析結果をもってSTAP細胞=ES細胞と結論づけることには無理があると思われる」との報告を受けた。(同趣旨の記述がP70にもあり)
◎p66
・公開NSGデータの解析を進めていた統合生命科学研究センターの研究員から、5月22日に役員に対して報告があった。役員から、結論を検証した上で、専門分野の有識者によるピアレビューを経て論文などの形で公表するように勧めた(9月22日にGene to Cellに発表)
この2か所の記述を併せ読むと、
① 遠藤氏が理研理事に解析結果を伝えたところ、監査室長はすみやかに外部有識者に検証を依頼したことになります。握りつぶしたり、棚上げしてしまう等のことはしていません。当時の状況からは、そういうことはできなかったでしょう。
② 5月19日に、その外部有識者から、「その解析結果をもってSTAP細胞=ES細胞と結論づけることには無理があると思われる」との報告を受けたとありますが、この点は、今まで報じられていたでしょうか? マスコミ報道では、遠藤氏の解析結果を以て、STAP細胞はES細胞(とTS細胞の混合)との決定的材料として報じたのではなかったでしょうか? 改革委も同様な位置づけで提言書で言及しています。トリソミーの話に関して、この有識者はどういう見方をしてES細胞と断定はできないとの否定的な評価をしたのか、もっと知られてもよかったと思います。
③ 5月19日にその外部有識者の評価が報告された直後の5月22日に、遠藤氏は役員に対して、改めて報告したとありますが、そこでは、遠藤氏はその外部有識者の評価も併せて説明したのでしょうか? 遠藤氏が説明しなくても、理研の事務方からは当然、役員には対処方針を決める際の検討材料として伝えられたのではないでしょうか。
この5月22日の「役員への報告」というのは、須田記者の『捏造の科学者』を見ると、役員会への報告だったようです。
「これらの事実(注:8番染色体のトリソミーのこと)は、少なくとも遺伝子情報が公開されている「STAP細胞」が、実はES細胞だった可能性を示唆する。
加賀屋悟広報室長によると、遠藤氏は五月二十二日、理研幹部らにスライドを使って解析結果の全体を報告した。それに対し、理研は六月三日に、「論文発表前に科学者会議と内容についてよく議論するように」との指示を出したという。
「科学者会議―とは、トップクラスの研究者で構成された理研の内部組織で、メンバーには笹井氏も含まれる。公表に前向きな議論がなされるとはとうてい思えなかった。しかも、知り合いのメンバーの何人かに遠藤氏の解析結果について議論しているかを尋ねてみたが、その形跡はなかった。
「通常の論文発表で、そんな指示を出すことが今までにあったのですか」。皮肉を込めて聞いたつもりだったが、加賀屋室長は意に介さず、「アカデミアの同じ分野の中で、発表前にしっかり議論してくださいということです。STAPのときはそれができていなかったために問題になったわけですよね」と説明した。」(p256―257)
須田記者は、このピアレビューの指示を批判的に書いていますが、5月19日に報告された外部有識者の評価が役員らに伝えられていたのであれば(当然伝えられていたことでしょう)、対外的に慎重な扱いをすることは当然のことでしょう。
たしか、遠藤氏はこの解析手法(によるSTAP細胞否定)をネイチャー誌に投稿して没になったという話もあったかと思いますから、それと併せて考えれば、遠藤氏の解析結果を理研が公表するという選択肢はまず考えられないでしょう。
したがって、そのままいけば、遠藤氏の解析結果は大きく取り上げられることはなかったのかもしれません。
「時計の針を再び六月上旬に巻き戻そう。事態は風雲急を告げていた。三日夜、NHKは、公開されている遺伝子データを理研の研究者が独自に解析した結果のうち、STAP細胞から樹立された「F1幹細胞」に関する結果を伝えた。
翌四日には、日本経済新聞の朝刊一面に、小保方氏が主論文の撤回に同意したという記事が掲載された。(以下略)」
(注:遠藤、若山両氏を改革委会合に呼んでヒアリングすることに関連して)「委員会内で発表した内容であれば、十二日にまとめる提言書に解析結果を盛り込める。それによって、結果を「表に出す」ことが、委員達の最大の狙いだった。
これは報道のチャンスでもある。私は喜び勇んだ。改革委の会合は非公開だが公式の場であり、そこでの発表は公表とみなせる。これでやっと、二つの解析結果を記事化できる――。だが、物事は思うように運ばないものだ。改革委の最終会合のまさに前日、NHKが昼のニュースで、遠藤氏のSTAP細胞の解析結果を報じた。」
遠藤氏自身は、積極的にリークするという様子でもなかったようです。須田氏は、
「遠藤氏自身が結果をまとめた理研の内部資料は比較的早期に入手でき、関係者が教えてくれた情報の正しさは確認できていたものの、肝心の本人への取材交渉が難航していたのだ。本人と挨拶を交わしたことのある八田浩輔記者が何度か取材依頼をしていたが、遠藤氏からは「解析結果の論文発表に向けて努力しており、取材は控えてほしい」という断りの返事が来ていた。」(P256)
とありますので、役員会での指示通り、論文化に向けて作業をしていたということでしょう。にも拘らず、それがNHKの手によって報じられたということは、STAP否定のための「決定的材料」としてリークした理研内部の誰かがいたということでしょう。
上記の須田氏の記述をみても、「遠藤氏自身が結果をまとめた理研の内部資料は比較的早期に入手でき」とありますから、たまたまNHKが最初に抜いただけなのかもしれませんが、二回立て続けに続くとなると、例の小保方研の保存庫での「ES細胞と書かれた容器」の存在などの他の諸々のリークと併せ考えれば、偶然とは思えないように感じます。
そのリークの問題性は、5月19日に提出されたはずの外部有識者の「その解析結果をもってSTAP細胞=ES細胞と結論づけることには無理があると思われる」との評価は、全く隠されたままに、遠藤氏の主張のみが外部に流されたということでしょう。明らかにSTAP否定材料として印象付けるとの目的を持って流したと取られても仕方がないでしょう。
遠藤氏も、当初は取材対応は控えていましたが、しかし、役員会での説明や、その後の対外的発信、更には、改革委最終会合でのヒアリングの際に、この外部有識者の否定的評価について説明したのでしょうか? おそらくしていないでしょう。
9月22日にGene to Cellに発表した後の記者会見での説明でも、
「細胞で発現している遺伝子を調べたところES細胞に特徴的な遺伝子とTS細胞に特徴的な遺伝子の両方を多く発現しており、中間の性質を示していたが、これは上記の2種類の細胞の混合であったためだと考えられる。」
と持論を述べています。
理研当局も、なぜこの外部の識者の評価について、対外的にその存在に言及しなかったのでしょうか?
それについて対外的に説明していれば、次のような改革委の暴走は防げたかもしれません。改革委の報告書の支離滅裂さは繰り返し言及してきました。不正の有無を調べるべきといいながら、結論では、「前代未聞の不正」、「世界三大不正」と論理もなく飛躍して決めつけているという信じがたい代物です。
改革委提言は、遠藤、若山両氏の解析について、次のように言及しています。
◎改革委提言(平成26年6月12日) p16
「②また、調査委員会による調査終結後、研究不正行為の存在が認定されなかった第2論文について、STAP細胞を利用して作製したとされるマウス胎児の写真と、胚性幹細胞(ES細胞)を利用して作製したマウス胎児の写真が、実は両者ともSTAP細胞を利用して作製したとされるマウス胎児である、との疑義など複数の疑義が明らかになっている。
さらに若山氏が第三者機関に依頼した遺伝子解析結果から、小保方氏にSTAP幹細胞作成のために渡したマウス系統とそれを元に作成されたはずのSTAP幹細胞の遺伝子型(これによってマウス系統が判明する)が一致しないものがあることが報告された。STAP幹細胞FLSはマウスの系統は一致したものの、染色体上のGFP遺伝子の挿入部位が異なり、またヘテロであることから、それら細胞も若山氏が提供したマウス由来ではないといえる。論文では、これらSTAP幹細胞は若山氏が提供したマウスから樹立されたとなっており、齟齬がある。
また、理研統合生命医科学研究センターの遠藤高帆上級研究員は第2論文で発表された遺伝子データの再解析を進めたが、それによってFI-SC細胞と発表されたものはES細胞とTS細胞が混ざったものである可能性が高く、小保方氏由来のFI幹細胞の胎盤形成能が疑われることになった(本委員会での両氏からの聴取による)(*6)。
いずれも第2論文の根幹に関わり、捏造を疑わせる重大な疑義である。第2論文には未だ研究不正行為の存在が認定されておらず、したがって、研究不正防止規程上も、研究不正行為の事実そのものの全容解明は未だなされていないもの、と判断せざるを得ない。」
◎p18-19
「*6 理化学研究所統合生命医科学研究センターの遠藤高帆上級研究員らと東京大学の2つのグループが、それぞれ独自に行った分析結果によると、小保方氏らがインターネット上に公開しているSTAP細胞のものだとする遺伝子の情報を分析したところ、ほぼすべての細胞に8番目の染色体が通常の2本より1本多くなる「トリソミー」と呼ばれる異常のあることが判明した。8番目の染色体がトリソミーを起こしたマウスは、胎児の段階で死んでしまい、通常生まれてこないため、生後1週間ほどのマウスからSTAP細胞を作ったとする小保方氏らの主張と矛盾するとしている。 また8番染色体のトリソミーは、すでに研究で広く使われている万能細胞「ES細胞」を長い間培養すると起きることがある異常としても知られている。
専門家からは、「生まれてくることがないマウスからどうやって作ったのか。STAP 細胞の存在を根底から揺るがす結果でこの細胞が本当は何だったのかという強い疑問を感じる。専門家ならSTAP細胞はES細胞の混入ではないかと疑うと思う。STAP細胞があると発表した研究チームは遺伝子解析や残っている細胞の分析などの調査を行い、きちんと説明すべきだ」と疑念の声が上がっている。」
信じがたいことに、公的報告・提言の中で、その根拠として、NHKのNEWSWebを引用するということまでしています。然るべく理研から依頼した第三者の有識者による「ES細胞と結論づけるのは無理がある」との評価が、改革委の審議の中で紹介されていれば、暴走にも多少はブレーキがかかったことでしょう。
改革委のつんのめり振りは、次の須田氏の著書での記載からも容易に想像できます。
「理研が、若山氏が依頼した第三者機関の解析結果の公表にも反対していたことはすでに書いた通りだ。これが、科学的なデータと誠実に向き合うのが仕事であるはずの、優秀な科学者集団の行動だろうか。ため息が出るほかなかった。
記事化の道を必死に模索する中で、私はある有益な情報をキャッチした。六月十二日に予定されていた改革委員会の最終会合に、若山氏と遠藤氏が招かれ、二つの解析結果をそれぞれ発表するというのだ。
きっかけは、理研が公表に横やりを入れていることを知った委員の一人が、六月六日、他のメンバー全員に送った一通のメールだった。
「ご相談ですが、この二人を我々の委員会に正式に招聡し、内容を聞く機会をもつ、というのはいかがでしょうか?ネイチャー論文の内容を揺るがす結果があるということを理研とともに委員会で共有し、それに基づいて提言する、という姿勢が大事だと思います」
委員会内で発表した内容であれば、十二日にまとめる提言書に解析結果を盛り込める。それによって、結果を「表に出す」ことが、委員達の最大の狙いだった。(p257-258)
こんな土壇場で、こういう「よこしまな」ことを目論むから、NHK NEWSWebまで引用するような、しかも、他の文脈とはまったく整合が取れないようなダッチロールの内容になり、あげくに、結論だけは、前代未聞の不正、世界三大不正と飛躍し、それを前提とした理研CDB解体提言へのつなげた形です。
CDB解体提言のもととなった遠藤、若山両氏の解析結果は、結局、桂調査委員会報告書では、あまり言及されていないのではないかと思いますし、若山氏の遺伝子解析の誤りも、結局うやむやになってしまっています。
改革委は本当に酷い運営であり支離滅裂な提言内容ではありましたが、理研当局側も、(文科省の混乱した指示に拠るとはいえ)ハンドリングの仕方、対外的発信の仕方を誤ったことにより混乱を拡大させたのではないか?・・・と改めて感じます。
情報公開請求で公開されることを期待したいところです。