理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問

小保方論文の「改竄」「捏造」認定の不合理さ、バッシングの理不尽さ

2 『捏造の科学者』から浮かび上がる科学的論点-③TCR再構成の有無

次に、TCR再構成の話についての、丹羽氏、笹井氏、若山氏の見解が書かれていますので、紹介します。このTCR再構成がSTAP幹細胞に見られないことについて、論文の根幹が揺らぐものとして、疑念が指摘された点です。
 他方、丹羽氏が、プロトコルエクスチェンジを公表した際に、STAP幹細胞にはTCR再構成が見られない旨を記載しつつも、丹羽、笹井の両氏とも、依然としてSTAP細胞の存在を疑っていない様子でしたので、その理由は何なのか? どういう科学的見解になるのか注目されていました。しかし、その点はマスコミ等で報じられることはほとんどなかったように思います。
 それが、この須田氏の著書では、メールの紹介の形で、見解が生で紹介されていますので、大変貴重な材料ではないかと思います。
 
 まず、須田記者による、問題の所在の分かりやすい解説を引用します。
 
プロトコルエクスチェンジの公表で)「最も関心を呼んだのは、「分化しきった体細胞を初期化した」というSTAP細胞の根幹に関わる記載だった。論文では、STAP細胞の遺伝子に、リンパ球のうち「T細胞」に特有の痕跡(TCR再構成)があるという実験結果を根拠に、STAP細胞が生体内に元々わずかに存在する未分化な細胞ではなく、分化しきったリンパ球から新たに作られたものだと結論付けた。ところが、プロトコルには、STAP細胞から作った「STAP幹細胞」八株には、TCR再構成がみられない、と書かれていたのだ。
STAP幹細胞は、元のSTAP細胞と同じ遺伝情報を持っている。この細胞にTCR再構成がないということは、STAP細胞がT細胞、すなわち分化しきった体細胞由来であるという根拠も揺らぐ。
 
TCR再構成が持つ意味を、少しかみ砕いて説明しよう。
マウスの脾臓から採取したリンパ球の細胞を、弱酸性溶液に浸してから培養する。すると、生き残った細胞のうちの約三十%が初期化され、STAP細胞になる、というのが小保方氏らの主張だ。STAP細胞自体は自己増殖能力がないので、特殊な培養液中で培養し、自己分裂してどんどん増えるSTAP幹細胞に変化させたという。
 この際、まず研究者が考えるのが、これらSTAP細胞やSTAP幹細胞が、本当にリンパ球に分化した細胞からできたのかということだ。実験室の環境によっては、ES細胞などの他の万能細胞が混入するということもありうる。あるいは、分化しきった体細胞ではなく、元々のリンパ球の集団にごくわずかに含まれる未分化な細胞からできたのかもしれない。そうではないことを、証明する必要がある。
そのための目印となるのがTCR再構成だ。この目印は、リンパ球がSTAP細胞やSTAP幹細胞に変化しても消えることはない。つまり、TCR再構成がみられれば、それは、STAP細胞やSTAP幹細胞が確かに、「分化した体細胞から作られたのだ」ということの証明になる。プロトコルにあるように、STAP幹細胞にこの目印がないのなら、STAP細胞がいったい何の細胞からできたのか、分からなくなる。」
 
これが「一般常識」だったところに、「TCR再構成がない」と堂々と?記載されたので疑念が続出したという経過でした。
それで、この点について、須田記者は、丹羽氏と笹井氏に問い合わせています。
 
(1)丹羽氏の見解 
丹羽氏からは1時間後にすぐに返事のメールがあった由。そこには次のようにあったといいます。
 
「まずリプログラミング(初期化)はSTAP細胞で完了している事を確認したいと思います。我々は、STAP細胞からキメラマウス作製に成功しています。そしてSTAP細胞ではTCR再構成は認められます。従って、STAP細胞が分化細胞に由来するという主張は成立します。
STAP幹細胞はSTAP細胞からもう一段階の過程を経て作製されたES細胞様の増殖性多能性幹細胞ですが、このSTAP細胞からSTAP幹細胞になる過程で、TCR再構成を持ったSTAP細胞はなにか不利な点があり、淘汰されると考えています。
もっとも、八系統のSTAP幹細胞を検査しただけですから、全く出来ないとまではいえません。ただ、我々は現実のデータを正直に述べたにすぎません。
以上の点は、今後科学者を対象としたQ&Aを設けて、情報発信を進めたいと考えています。ただ、これは手続き上、理研の調査委員会の結果の公表のあとになります。」p58
 
このメールの後、研究室に電話し、追加取材をした際のやり取りが、次に来ます。
 
「メールでの説明の他に丹羽氏が強調したのは「我々はデータをセットで判断する」ということだった。
丹羽氏によれば、血球細胞中に含まれる「体性幹細胞」と呼ばれる未分化な細胞は、○・一%程度と非常に少ない。一方、酸性処理で生き残った細胞のうち約三十%がSTAP細胞になる。STAP幹細胞のもとになったSTAP細胞にTCR再構成がみられなかったとしても、割合の大きさから、体性幹細胞からではなく、T細胞以外の血液細胞からできたと考える方が事実として科学的だ――。
さらに丹羽氏は、「T細胞のように特定の分化状態にある細胞は、初期化しにくい性質があることがすでに知られている」と述べた。iPS細胞でも理由は不明だが、同じ現象が起きているという。
「今回、STAPでも同じ問題が起きていると考えられる。ES細胞もキメラを作れるものもあれば作れないものもある。作れないものがあるからといってES細胞の多能性を否定したりしないでしょう?STAPも同じことです。皆さんもデータをセットでみて判断してほしい」p59-60
 
(2)笹井氏の見解 
「その後、笹井氏からも返信があった。
――STAP細胞からSTAP幹細胞への変化は、今の技術ではやや起こりにくい。「若山さんが樹立した数株には」TCR再構成が確認されなかったが、それは母数が少ないため偶然だったのかもしれないし、あるいは分化しきったT細胞由来のSTAP細胞は、STAP幹細胞になりにくいのかもしれない――という内容だった。
私は翌日、笹井氏に重ねてメールで質問した。
――STAP幹細胞は「若山さんが樹立」したとあるが、それは論文やプロトコルに載っている八株のことか。また、論文では「CD45」というたんぱく質を目印にリンパ球を分離しているが、よく調べると、CD45が含まれる細胞には、リンパ球以外の細胞もあるようだ、実際に実験に使ったのは、具体的にどんな種類の細胞なのか――。(中略)
一つ目の質問への回答はあいまいだった。
 
TCRの解析は伝聞なので、どの株に対応するのかは聞いていませんし、どのくらい確証があるのかは見ていません。
多分、論文と同じ株だと思いますが、そのすべてを解析したのか、そのうち数株なのかは、すいませんが存じません。ただ、一〜二株ではないようです。
 
二つ目の質問への回答は、次のような内容だった。
――私は血液学者ではないので、細かい例外は知らないが、CD45が含まれる血液細胞は、いわゆる白血球の多くのタイプにあたり、その中には未分化な幹細胞もあれば、分化した細胞もあるはずだ。西川伸一氏によると、今回の実験で使ったような脾臓から採取した血液細胞の場合は、CD45が含まれる細胞のほとんどがリンパ球であることが知られている。今回の実験では、CD45を指標に細胞を分離する前に、比重の差を用いてリンパ球系の細胞を遠心分離する方法も用いている。また、CD45で分離した細胞の中でも、未分化な幹細胞はむしろSTAP細胞になりにくいことが観察されている――。
体の中には、ES細胞やiPS細胞ほどの多能性はないが、さまざまな種類の細胞に分化する「体性幹細胞」が存在する。血液中の幹細胞(造血幹細胞)もその一つだ。」
 
「ネイチャーはやはり、誌面の制約が厳しく、(※米科学誌)セルほど詳しく書けないのも、読み手の解釈の幅をつくって憶測を拡げるものになっているのかもしれません。ただ、いろいろな細胞が存在するリンパ球では、こうした解析に限界もあるので、他の組織で、もっと均一な細胞からスタートさせて実証する実験を進めたいと思っております
(ただ、こうした騒ぎが収まらないと、こうした腰を落ち着けた実験が始められずに、小保方さんもフラストレーションが溜まるだろうと、心配しております)。
科学で「実証」をするということは、ネイチャーに論文を出すことではなく、そこから始まる過程であるのが常です。・・・」(P62-63
 
(3)若山氏の見解
 若山氏には、論文撤回呼び掛けの直後に取材しています。その中で、TCR再構成についての考え方も述べられています。
 
「・・・ただし、TCR再構成については、若山氏はすでに「納得」している様子だった。
若山研時代に八株中数株であったという小保方氏の説明がプロトコルで覆った点については、長期培養している間に細胞が変化し、改めて調べたときには消えていた、という解釈ができるという。次いで、丹羽氏と同様に、作製効率の高さが重要だと説明した。
体中どこからでもSTAP細胞ができる。体にほんのわずかしか存在しない未分化な細胞がたまたま採取できたときだけSTAP細胞化するなんてあり得ないと思っていたので、僕にとってはTCR再構成はあまり重要ではないんです」
TCR再構成は、分化しきった細胞が初期化されてSTAP細胞ができたことを証明する実験結果だが、そのことは、刺激に耐えて生き残った細胞のうち約三十%という高い確率でSTAP細胞ができるということで、すでに証明されている、と考えられるのだという。」(p75-76
 
 STAP細胞再現実験が不調だったため、その存在の証明ができていません(ただし、もともと、卵子STAP細胞を注入することと、キメラマウスを作るという、万能性を証明するための一連の作業が難しいテクニックを要し、ハーバードにはいないからこそ若山氏との共同研究になって若山氏の手技が威力を発揮したわけですから、若山氏の手技が使えない中で、再現実験や検証実験で再現ができなかったとしても、STAP細胞は本当になかったのだとか、小保方氏が再現に失敗した、と短絡的に決めつけるのはミスリードだと感じます)。
 しかし他方で、STAP細胞=ES細胞説では、説明が成り立たない中では、ミステリー状況が続いているわけであり、このTCR再構成の問題も、引き続き解明を要する課題として残しておくことが、科学的態度だと思われます。

 以前、週刊新潮での科学者の座談会で、次のようなやりとりがありました(丸山=丸山篤史氏)。丹羽氏と共通する見方かと思います。

丸山 僕はTCR再構成がないという記述を見て、逆に面白い現象だと思ったんです。最初から常識を覆す発見なわけで、STAP細胞がSTAP幹細胞になるとき、再構成の形跡が消えると解釈すると、なぜそんなことが起きるのかという新しいテーマになると感じたんですけどね。

池田 それから、よく考えたらT細胞からできたらマズい、と思いました。
榎木 免疫不全になってしまいますよね。」
  
 丹羽氏が述べた、
「我々は現実のデータを正直に述べたにすぎません。」
 として、現実のデータを尊重することが、科学の基本だと思うのですが・・・・。
 

【補足】丹羽氏の4月の記者会見時の、TCR再構成がSTAP幹細胞に見られないという点に関する発言内容を、須田記者が著書でまとめていますので、改めて載せておきます。
 
「論文では生後一週間のマウスの脾臓から、まず「CD45」というたんぱく質を指標にリンパ球を集める。そのうち十〜二十%がT細胞で、T細胞の中でも遺伝子に痕跡を持つのは十〜二十%。つまり集めたリンパ球のうち、TCR再構成を持つ細胞は一〜四%しかない。
 集めたリンパ球の集団からSTAP細胞ができる過程を考える。CD45を指標に集めた細胞のおおよそ半分がB細胞、二十%がT細胞、二十%が病原体や死細胞を食べるマクロファージで、それ以外の細胞も若干含まれる。全体の約七十%が酸処理で死に、生き残った三十%の細胞の約半分が初期化されてOCt4が働き出すというのが論文の主張だ。
 注意してほしいのは、STAP細胞の塊は、さまざまな種類の細胞の集団からできており、各種の細胞が混在した性質を残しているということだ。この中には遺伝子に痕跡を持つT細胞がいてもほんの一部に過ぎない。
 さらに、STAP細胞の塊を十〜二十個の細胞の小さな塊に切り分けて受精卵に注入し、キメラマウスを作る。ES細胞での実験の経験から考えると、十〜二十個のSTAP細胞のうち、キメラマウスの体になっていく細胞はおそらく数個程度だ。その数個の中で、遺伝子に痕跡を持つT細胞があるかどうかはかなり確率論的な問題になることは我々も理解していた。
同じことがSTAP幹細胞の樹立過程でも言える。TCR再構成がSTAP幹細胞の段階でどこまで残るかというのは、現在いろいろと問題として指摘されている。三月六日に発表したSTAP細胞作製のプロトコル(実験手技解説)の中で示したように、STAP幹細胞八株にはTCR再構成がなかった。
このような観点から考えると、論文の手法に沿ってリンパ球から初期化がどのように起こるかを検討するのは重要な課題だが、それだけをもってSTAP現象が存在するか否かを厳密に検討することは極めて困難だ。」(p159-160